日本人のための食養生(1)〜「食」の基本的な考え方
今回から、表題のとおり日本人にとって本当の食養生というか何を食べたらよいのかという問題に関して、漢方の考え方を元にして現代医学の知見なども交えながら解説していきます。
巷では「食育」だとか「食事バランスガイド」なる言葉が盛んに飛び交ってはいますが、裏を返せば「食」に関して本当にどうすればよいのか誰もが迷っているのが現状だと思います。
「食」に関してこれほどまでの混迷を招いたのは、明治以降それまでの伝統をかなぐり捨て、欧米の栄養学を無理矢理導入したことに始まり、戦後の学校給食から始まる「食」の欧米化の徹底により、人類史上、例を見ないほどの短期間にひとつの民族の「食」の内容が変わってしまったことが原因といえます。
「食」に関しては、単純に考えても何千年あるいは何万年もの昔からその土地でとれたものを食料としてきた中で、それに適合した体を持つものだけが生き残ってきたわけですし、何十、何百という世代交代の中で、その土地の食べ物を効率よく利用できるように消化吸収機能が進化、適応してきたという絶対的な事実をまず考える必要があります。
しかしながら、明治に於いても、また戦後に於いても卑屈とも言えるほどの欧米崇拝と欧米人の伝統的な食生活とそれに適合してきた欧米人の消化吸収機能を元に成り立っている「現代栄養学」なるものを絶対視してきたことが、現代日本の「食」の混迷の大きな要因であることは間違いないと思います。
現代栄養学が間違っているとは言いませんが、食物の組成についての分析は得意でも、食物の生体に対する効能、あるいは人間の体の消化吸収機能について、あまりにも不明なことが多すぎると言うことです。例えば、食べ物が胃腸に入ってきて、どういう仕組みで胃酸などの消化液が分泌されるのかがわかり始めたのは20世紀の後半に入ってからですし、パプアニューギニアの現地人がタンパク質を殆ど食べないにもかかわらず筋肉隆々であることを現代栄養学では説明できません。
また、栄養学至上主義の考え方では、人間の体を機械かなにかの入れ物であるかのように考えて、食べた物が総て吸収されるかのような前提で話が進みますが、人体はそんなに単純ではありません。例えば、同じ食べ物を熱い状態で食べるのと、冷蔵庫で冷やして食べるのでは、食べ物の成分は同じでも人体に対する影響は違うはずですし、乳糖不耐症の人とそうでない人が牛乳を飲んだ場合の事なども考えられているようには思えません。
こういった現代栄養学や現代科学でも不明な点を、医食同源の思想のもと数千年に渡って連綿と続いている漢方の考え方を取り入れることで見えてくるものが多くあります。「食」の基本に関しては、漢方の基本的な世界観である天人合一思想や天地人三才思想〜簡単に言えば人間は自然の一部であり、天の陽気と地の陰気と調和する事が重要であると言うこと〜から考えても、その土地で、その季節にとれるものを食べるのが大原則になりますが、主食としてはあくまで穀物が中心になります。
これは、漢方理論の中で少なくとも2000年以上前から、人間が生きていく上で必要な「気」「血」「津液」「精」「脈」などは、「水穀」が胃腸で消化吸収されて生じると述べられており、飲食物の中でまずもって重要なものは「水」と「穀物」であるとされてきました。また、日本の歴史を考えても、昔から「食」の中心は穀物であり、人々がまず望むことが「五穀豊穣」でした。
別の角度からは、原猿類から類人猿へと進化していくにつれて食べ物に占める肉食の割合が減少していく傾向が見られ、人類に一番近いゴリラやチンパンジーではほぼ100%草食だそうです。動物学的にも人間の持っている視覚、聴力、嗅覚、運動能力などから考えても他の動物を補食する事は難しいといわれており、植物、それも穀物を中心に食べることが動物としての人の食性からみても妥当であると考えられています。
ところが、人類の数が増えて、赤道を中心とした地域から穀物の生産に適さない寒冷地や乾燥地帯など高緯度地域へ棲息地域を広げていった結果、十分な農作物を収穫することが難しくなり、家畜を飼ってその乳や肉を食べざるを得なくなったと考えられています。現在でも高緯度地域の人ほど動物性の食品の摂取量が多くなる傾向が見られ、ついでに言えば緯度に比例してガンや心筋梗塞などの罹患率も高くなります。
話は戻りますが、そういった人類の「食」とのかかわりが続いてきたところで、19世紀に入って欧米先進国と呼ばれる高緯度地域の人達をベースにした栄養学なるものが日本に入ってきたことが、「食」に関する問題の始まりであるわけです。即ち、体格は向上したけれど体力は低下するだけでなく、子供の骨折や背骨の変形の増加、アレルギー疾患の増大、大人でもガンや心筋梗塞などの生活習慣病の増加などが問題となっており、その中で食生活が大きな要因を占めている訳です。また、「食」に関してはすぐに「何を食べたら良い」のかという話が中心になりますが、現状を考えると「何を食べない方が良い」のか、を冷静に考えてみる時期に来ていると思います。
結論としましては、日本人にとっての「食」の基本は、穀物を主食とし伝統的に食べられてきた野菜や味噌、醤油、納豆、漬物などの発酵食品を食べることが基本中の基本であるということになります。
(参考文献:島田彰夫「食とからだのエコロジー」、農山漁村文化協会、1994年、 島田彰夫「食と健康を地理からみると」、農山漁村文化協会、1988年)