漢方処方解説(2)~抑肝散(よくかんさん)
最近、テレビなどで認知症に有効と紹介されて話題になっている処方ですが、原典は明の時代に小児の様々な疾患と治療法について書かれた全20巻からなる「保嬰撮要」です。因みに「保嬰撮要」は、特に嬰児の体調や疾患に対する乳母の影響を重視し、嬰児が病気にかかっていなくても乳母の精神的、肉体的な体調を整えることが嬰児の健康にとって重要であると指摘しています。
さて、抑肝散の日本に於ける効能・効果としては「虚弱な体質で神経が高ぶるものの次の諸症:神経症、不眠症、小児夜泣き、小児疳症」などとなっています。おもしろいのは、原典では「母子同服」となっており、子どもがこのような症状を呈している時には、その子どもだけでなく乳母にも服用させる必要があると指摘している点です。
もちろん、小児専用というわけではなく大人にも用いられますが、専門的には「肝鬱化風のけいれん・歯ぎしり・いらいら・不眠」に用いられるもので、簡単に言うと「ストレスでイライラする」のを抑える処方です。日本でも古くから使われていた処方ですが、日本人の場合はもともと胃腸が弱いので、胃腸の調子を整える陳皮と半夏を加えた抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)として用いられてきました。
さて、認知症との関連ではここ数年の臨床研究に於いて認知症患者で興奮性が強く、徘徊や家族に暴力や暴言を吐くなどといった症状を緩和する作用があるというデータが示されています。こういった研究がなされたのも、興奮性が強い認知症患者に新薬の安定剤などを投与した場合、認知症でない人に比べて副作用の発生頻度が高まるという報告がアメリカでなされ、認知症患者に新薬の安定剤を投与しにくくなってきたことが背景にあります。そこに、副作用のリスクが少ない漢方薬に有効性が確かめられたことから関係者の注目を集めている訳です。
それをテレビなどで紹介されたもので、漢方薬局などに問い合わせが増えています。中には、抑肝散で「認知症が治る」とか「アルツハイマーにならない」などと誤解している方も多いようですが、あくまで認知症の方の興奮性を鎮める作用があるということで、認知症そのものが治ったという報告はありません。
さらに言うと、老化に伴って徐々に物忘れなどがひどくなるというようなタイプ以外で、認知症の進行が早いのは大きく分けると二つのタイプに分けられます。簡単に言うと、ぽっちゃり型の方でどちらかというと引きこもりがちになっていくタイプと、やせ形で徘徊など興奮性が強くなるタイプです(太っているか痩せているかはあくまで目安で、漢方的にはその他にもいくつか確認すべき事があります)が、抑肝散は主に後者のタイプの過剰な興奮性を抑える目的で用いられる処方です。因みに、前者のタイプでは数年前に大学病院で加味温胆湯(かみうんたんとう)という漢方処方で、初期のアルツハイマーが良くなったという報告があり、マスコミでも取りあげられました。
漢方では、認知症に対しては「補腎」と「活血」、即ち人間の生命力のもとである五臓六腑の「腎」を補うことと、血液の流れをサラサラにすることが基本となっています。また、認知症に関しても本人のもともとの体質などによって、症状は同じでも用いられる処方は異なってきますので、漢方薬の服用に関しては専門家(日本の法制度上、医師や薬剤師は西洋医学・薬学の専門家であっても漢方の専門家とは限りません)に相談されることをお勧め致します。