大いなる誤解(9)~“やわらかさは、やさしさです”
某大手パンメーカーのコマーシャルを見ていてたら、やわらかさを売りにしたその会社の食パンを子ども(小学校へ上がるか上がらないかくらいの男の子と女の子)がおいしそうに食べているシーンに続いて「やわらかさは、やさしさです」というナレーションが流れているのを見てびっくりしました。
介護を必要とするようなお年寄り向けの商品ならわかりますが、育ち盛りの子どもにとって、食品の(過度の)“やわらかさ”は百害あって一利なしです。具体的には、食事の際の噛む回数が減ることで、顎の正常な発達に影響し歯並びが悪くなるだけでなく、噛む力に関係する筋肉(咬合筋)の強さと視力に相関関係が認められるという報告もあり、近年問題になっている子どもの視力低下にもつながりかねません。
もっと問題なのは、噛む回数が少なるなることで唾液の分泌量が少なくなり、健康に関して生涯にわたり想像以上の弊害をもたらすことです。
また、よく噛まない習慣がつくと、噛まなくても味がするような濃い味付け=人工的な味付けに舌が慣らされてしまい、食べもの本来の自然な味がわからなくなります。意地悪く考えると、加工食品メーカーにとっては素材にお金をかけなくても人工的な味付けをするだけで売れるようになる訳で、好都合かも知れません。というか、1回の食事での噛む回数が戦前の半分くらいになっているという話もあり、もはや、そういった商品でなければ消費者に受け入れられなくなっているような気もします。
これは、ひとつには野菜など繊維質のものを食べなくなったり、米も玄米とまでいかなくても5分づきや7分づきなども一般的だったのが完全精白米が普通になったこと、食品の加工技術の進歩(?)などが大きく影響していると思われますが、いずれにせよ食べもの全般がどんどんやわらかくなってきているのは事実で、必然的に噛む回数が減少するとともに唾液の分泌量も低下しています。
このパンメーカーも消費者の好みを分析して商品を開発しただけかも知れませんし、広告代理店の考えたフレーズかも知れませんが、対象が子どもで、主食的位置づけにある食材であることを考えると、「やわらかさは、やさしさ」どころか、子どもの将来に渡る健康を阻害することに直結する話しですので、「そこまで言うのはいかがなものか」と感じます。普通の食パンですら十分すぎるほどに柔らかいですし(パンを主食としているような国のものと比較すると、日本の食パンは柔らかい上に砂糖などが多用されており、分類するとすれば“主食”ではなく“お菓子”に近いという意見もあります)・・・
子どもの食育問題に取り組んでおられる歯医者さんに聞いたことがありますが、今時の子どもにめざしや干し芋のような食品を与えて、よく噛むことが大事だなんて言っても長続きしないそうで、噛む回数が多くなるようにしようと思えば、硬い食材でなくても、カレーやシチューに入れるジャガイモやニンジンなども大きくカットするなどして、子どもが前歯を使ってかぶりつくようにすれば、自然と噛む回数が増えるそうです。食パンでいえば、同様にミミの部分はカットしないほうが噛む回数が増えます。
子どもの将来を考えれば、柔らかな食品を与えることよりも、そういった工夫(野菜を細かくカットしないなど、見方によっては手抜きに見えるかも知れません)をすることが、はるかに“やさしい”といえます。