日本の伝統的発酵食品

脾は湿を嫌う

梅雨の季節は湿度が高くなって、漢方理論では湿邪の影響を受けやすい脾(胃腸)の機能が低下しやすくなります。また、五行説では、脾は季節の変わり目である土用に配当されていますが、季節の変わり目は温度変化が大きく、体温調節を担う“気”を消耗しやすく、“気”の主な発生源である脾(胃腸)に負担となります。更に、現代ならではの事情として、これから気温が上昇するとともにクーラーが効いている屋内と屋外の温度差も大きくなる上に、冷たいものを摂る機会も増えて、更に脾(胃腸)がダメージを受けやすくなります。よって、これからの季節、健康でいるためには“後天之本”でもある脾(胃腸)の機能を損なわないようにすることが大事です。

ところで、五臓の脾(胃腸)の機能は、腸内細菌が大きく関係していることが研究によって明らかにされています。腸内細菌バランスの乱れは過敏性腸症候群や機能性ディスペプシアなどの胃腸疾患にとどまらず、アレルギー疾患や不妊症、うつ病などとの関連性が指摘されています。また、腸内細菌叢を健全にするための方策として、プロバイオティクスとよばれる善玉菌のようなものを摂取するよりは、水溶性食物繊維が豊富な芋、豆類、海藻類などのほか、発酵食品などを摂るのが基本となります。現代日本で発酵食品といえばヨーグルトを思い浮かべる方が多いですが、特に日本の“国菌”にも認定されている麹菌が発酵に関わる伝統的な発酵食品である味噌や甘酒、漬物などがお勧めです。これらの発酵食品にはアミノ酸やペプチド、有機酸などが含まれていますが、特にペログルタミルペプチドとよばれる特殊なペプチド類が含まれており、そのなかのいくつかのペプチドが腸内細菌バランスを改善し、大腸の炎症や肝炎あるいは肥満などの改善に有効なことが報告されています。その機序について、京都大学大学院農学研究科の佐藤健司教授らの研究チームによって、ペログルタミルペプチドが小腸のα-ディフェンシンの分泌を刺激することによって、腸内細菌バランスを改善していると発表されています。

α-ディフェンシン

α-ディフェンシンとは、小腸のパネト細胞から分泌され、食物などとともに腸管に侵入してくる病原菌だけに反応する抗菌ペプチドです。これらの病原菌は、食品に含まれるもの以外にも口腔内の悪玉菌などですが、これまで、北海道大学大学院先端生命科学研究院の中村公則教授らの研究によって、精神的ストレスや老化、睡眠不足によってα-ディフェンシンの分泌が低下することが解明されており、このことによって腸内細菌叢が乱れ、うつ病をはじめ様々な疾患につながると指摘されています。同研究チームによると、将来的にはα-ディフェンシンの分泌量を計測することで健康状態を知る指標として活用したり、α-ディフェンシンの分泌を高める食品成分などを探求していきたいとしています。

口腔細菌も含めて、口から入ってくる病原菌は、まずは胃酸によって殺菌されますが、高齢者ではPPIなど胃酸を止める薬剤を常用されている方は多いですし、若い人などに多い“流し込み食べ”といわれるような、食べ物をあまり噛まずにお茶やジュースで流し込むようにして食べる食べ方などでは、胃酸が十分に作用しないことから病原菌が腸管まで侵入するリスクは高くなります。そこへ、精神的なストレスや老化、睡眠不足などが重なるとα-ディフェンシンの分泌も低下して、腸内細菌叢は間違いなく乱れます。日本の伝統的な発酵食品に多く含まれるペログルタミルペプチドがα-ディフェンシンの分泌を刺激するとする最近の京都大学の研究は、日本の伝統的な発酵食品が栄養の補給だけでなく腸内細菌叢を健全に保つ作用を科学的に裏付けているといえます。

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