レカネマブ
世界有数の超高齢社会である日本に於いてアルツハイマー病を始め認知症患者数は増加を続け、2025年には65才以上の高齢者の5人に1人は認知症になるという予測もあります。認知症の大半を占めるアルツハイマー病に関しては、先日もアミロイドβ抗体薬としてアルツハイマー病の進行を遅らせるレカネマブが日本でも承認され話題になりました。レカネマブは点滴投与で、血脳関門を通過し、脳内のアミロイドβ凝集体の前段階であり神経毒性が強いアミロイドβプロトフィブリルと結合することで、その毒性と凝集を抑えて、アルツハイマー病の進行を遅らせるとされています。ただし、レカネマブの投与に際しては、アミロイドβ凝集体の存在を確認する必要があることや、血脳関門に対してダメージを与えることで、脳浮腫や脳内の微少出血のリスクがあるとされています。
漢方からみたアルツハイマー病
漢方の立場からは、アルツハイマー病の予防に関しては“精”を補うことが最も重要と考えられています。漢方では脳は“髄の海”とされ、特にアルツハイマー病では脳の萎縮がみられ、このことは“精”から生じる“髄”の減少をあらわしていることから“精”を補うことが予防上重要になります。漢方では老化とは本質的には“精”の減少過程ととらえ、老化とともに“精”が減少すると、脳の萎縮だけでなく、骨や歯(歯は漢方で“骨余”)がもろくなるほか、“精力”も減退していきます。
因みに“髄の海”とは、現代医学的にはグリア細胞ということになりますが、近年の研究ではグリア細胞こそが脳の機能を正常に維持するために重要な鍵を握っていることが解明されています。アルツハイマー病に関しても、昨年の6月に、ニューヨーク大学によるマウスの実験で、アミロイドβが脳内に蓄積する以前に、脳細胞内の“ゴミ”を分解処理するリソソームの機能不全が発生して、その結果としてアミロイドβが蓄積しており、アルツハイマー病の真の原因はアミロイドβそのものではなく、脳細胞内の“ゴミ”処理システムの機能不全である可能性が高いことが発表されています。
さて、“精”は、基本的には飲食物に含まれる最も栄養の濃い部分が“脾胃(胃腸)”の働きによって体内にとりこまれることになっていますので、食事内容だけでなく胃腸の機能を健全に保つことは認知症予防に限らず健康維持の基本となります(“脾は後天之本”)。また、特に中年以降は積極的に“精”を補う必要があり、漢方薬の中では、李時珍が『本草綱目』で述べているように“生精”“補髄”作用のある鹿茸が体内の“精”を補う作用に最も優れているとされています。
因みに“精”の減少は腎虚症状=腎機能低下として表れやすいですが、2020年にアメリカのノースウェスタン大学の研究チームによって、若いうちから腎機能が低下していると、中年期以降になって認知機能が低下するリスクが高いことが発表されています。同研究チームによると若年成人の冠動脈疾患リスク因子を長期間追跡したデータを用いて2604人を対象に解析したところ、30代で腎機能が低下し始めた場合では、20年後の認知機能テストの成績が実年齢より9年もの加齢的変化に相当するほどの差が出たそうです。
その他、認知症の予防に関しては、ぐっすり眠ることも重要で、過去にはワシントン大学による調査で、睡眠の質が良い人ほど脳内のアミロイドβタンパク質の蓄積が少ないことが発表されていましたが、2019年に脳にたまった老廃物は深い眠りであるノンレム睡眠時に脳脊髄液によって洗い流される事がボストン大学の研究で解明されています。そのほかにも、スウェーデンの研究では20代の若者であっても一晩徹夜するだけで血中のアミロイドβなどのタウタンパク質が17%も増加するとされ、認知症の予防には若いときからぐっすり眠ることも重要です。