補腎と活血
国際アルツハイマー病協会とWHOによって9月21日は世界アルツハイマーデー、9月は世界アルツハイマー月間と制定されています。世界有数の超高齢社会である日本でもアルツハイマー病を始め認知症患者数は増加を続け、2025年には65才以上の高齢者の5人に1人は認知症になるという予測もあります。
漢方では、老化とは“腎精”の減少過程であり、老化現象のひとつともいえる認知症対策としては活血も重要ですが、基本は補腎になります。特にアルツハイマー病の場合は脳の萎縮がみられますが、漢方では脳は“髄之海”であり、“髄”は“精”から生じますので、“精”の減少が直接的に影響していると考えられます。
今年の5月に、スタンフォード大学の研究チームによって、老齢マウスに若いマウスの脳脊髄液を投与したところ、老齢マウスの記憶機能が改善され、脳を若返らせたとする論文が発表されています。脳脊髄液は脳内の脈絡叢とよばれる組織から1日に450ccほど分泌されますが、加齢により、脳脊髄液の成分が劣化することが記憶機能の低下につながるようです。このことも漢方的に考えれば、脳組織のもとになっている“精”の質の低下が記憶力の低下につながっていると考えられます。いずれにせよ、加齢とともにいかに“精”を保つかが認知症の予防につながります。
“精”を補う方法論としては、主に“陽精”を補う鹿茸や“陰精”を補う亀板のようなもので“精”を補うだけでなく、若いうちから食養生で“脾胃”の機能を保ち、飲食物の中から“後天之精”を取り込むようにすることと、過労や房事過多など“精”を消耗することを控えることが重要になります。
睡眠も重要
認知症の予防に関しては養生面では睡眠も重要です。一般的に、睡眠の質という観点からは、睡眠時間そのものよりも一晩のうちにどれだけ深い眠りの時間帯(ノンレム睡眠)があるかが重要とされています。これは、ノンレム睡眠時のみに成長ホルモンが分泌されるからで、成長ホルモンは心肺機能や腎機能、免疫力や性機能などからお肌の張りなどにも影響します。更に、一晩のうちに何度か訪れるノンレム睡眠の中でも最初に訪れるノンレム睡眠が最も重要で、このときに一晩で分泌される成長ホルモンの70~80%が分泌されるそうです。この最初に訪れるノンレム睡眠の質がストレスの影響で悪くなると、それ以降の睡眠のリズムも乱れて、半覚醒状態であるレム睡眠の時間帯が増えて、ちょっとした刺激で目が覚めたり夢ばっかりみていて疲れがとれないほか、睡眠中に体が緊張して朝起きたときに首や肩の凝りも強くなったりします。このようなときは麝香製剤を寝る前に服用することで、睡眠の質の向上につながりますし、寝つきに問題があるときは羚羊角製剤などが適応します。
さて、認知症と睡眠の関係では、アメリカのロチェスター大学のマウスによる実験で、ノンレム睡眠時に脳細胞が縮んで脳細胞間の隙間が約60%も広がり、アミロイドβなどの老廃物を排出しやすくしていることが解明されているほか、ワシントン大学による調査でも、睡眠の質が良い人ほど脳内のアミロイドβの蓄積が少ないこともわかっており、ぐっすり眠ることは認知症の予防につながることが示唆されています。因みにアミロイドβとアルツハイマー病の関係では、今年の6月にニューヨーク大学によるマウスの実験で、アミロイドβが脳内に蓄積する以前に、脳細胞内の“ゴミ”を分解処理するリソソームの機能不全が発生して、その結果としてアミロイドβが蓄積しており、アルツハイマー病の真の原因はアミロイドβそのものではなく、脳細胞内の“ゴミ”処理システムの機能不全である可能性が高いと発表されています。この事は、これまでアミロイドβの排除をターゲットにした既存の薬剤の有効性が低いことも説明できるとしています。
いずれにせよ、“精”から生じる“髄之海”である脳の細胞を若々しく保つためには早い段階から“精”を補う必要があると思います。