老化と腸内細菌
近年、腸内細菌と各種の疾患の関係が明らかになってきています。さらには、トップアスリートに特有の腸内細菌なども発見されており、腸内細菌バランスの善し悪しが人間の健康状態を大きく左右することは間違いありません。また、一般的には加齢とともに腸内細菌バランスが悪化することが知られていますが、その機序の一つが今年の6月に、前回もご紹介した北海道大学大学院の研究チームによって明らかになりました。その内容は、人間は加齢とともに小腸のパネト細胞からから分泌される抗菌ペプチドであるαディフェンシンが減少し、結果として腸内細菌バランスが悪化するというものです。人の免疫老化に関しての新しい発見ということで、今後はαディフェンシンをターゲットとした疾病予防や治療法の開発が期待されるとのことです。同研究チームの一連の研究で良好な腸内細菌バランスを維持するために必要なαディフェンシンは精神的ストレス(前回参照)と加齢で減少し、その結果として腸内細菌バランスが悪化することが明らかになりました。
漢方では、腸内細菌叢の働きと機能が重なることが多い五臓の“脾”は“後天之本”とされ、“気”の主な発生源である“脾”の状態が悪くなると、自己治癒力やストレス抵抗力が低下します。その“脾”の働きには精神的ストレスが悪影響を及ぼす(肝脾不和など)ことはよく知られていますが、加齢によって“脾”の機能が低下することに関しては、“脾”の機能を支えているのは“腎陽”ですので、歳とともに“腎陽(命門の火)”の燃料である“精”が減少することで“脾陽”が衰えることが主な原因となります。
因みに六腑の“小腸”に関しては、消化された飲食物中の栄養物を吸収し、残渣を大腸に送る清濁の分別と水分の再吸収が主な働きです。また、“小腸”の病態としては精神的なストレスが五臓の“心”に影響して発生した“心火”が表裏の関係にある小腸に移って排尿異常を呈する場合(清心蓮子飲の適応)と、“小腸”が冷えて水様便を呈するような病態が知られていますが、基本的に“小腸”の機能は五臓の“脾”の運化作用や水分代謝機能に含まれるものです。
鹿茸は補陽薬
鹿茸は腎陽虚に用いられますが、八味地黄丸に含まれる附子や肉桂などの祛寒薬とは異なり、補陽薬に分類されています。祛寒薬も補陽薬も温めるという点では同じですが、鹿茸などの補陽薬は“精”そのものを補充することで“腎陽”のみならず“心”や“脾胃”を温煦する作用があり、全身の機能を改善するものです(西洋医学的にも腎機能の低下は心血管死のリスク要因とされています)。
“精”とは生命の根源物質のようなもので、両親から受け継いだ“先天之精”をベースに“脾胃”の働きによって、飲食物から得られる栄養を元に “後天之精”を補充していきます。ただし、飲食の不摂生や抗生物質の多用などで“脾”の機能が低下すると“後天之精”が減少し、“腎陽”の衰えにつながり、“腎陽”の衰えは“脾陽”の衰えにつながります。このようなときに、若い間は人参などで“脾胃”の機能を高めて“後天之精”を補充することで“腎陽”も維持することができますが、どうしても加齢とともに“精”は減少していきますので、鹿茸などの補陽薬で“腎陽”を高めることで“脾胃”の機能を維持する必要があります。いわゆる釜底増薪法とよばれるもので、脾胃を釜に、腎陽を薪の火に例えたもので、鹿茸は炎の燃料である薪を増やす働きに相当します。
生命の根源物質である“精”という観点からみれば、歳とともに減少する“先天之精”を、“後天之精”が補っているわけですが、人生百年時代といわれる時代に於いては、日頃の“脾”の機能の充実(腸内細菌バランスを良好な状態で安定させること)とともに、“精”そのものを生じさせると『本草綱目』に記されている鹿茸の重要性は高いと考えられます。