ストレスは“小腸”にくる

ストレスと小腸

今年の5月、北海道大学大学院先端生命科学研究院の研究チームが、精神的なストレスで腸内細菌バランスが乱れる機序について解明したとの発表がありました。同研究チームによると、精神的なストレスは小腸のパネート細胞で発現する腸内自然免疫(αディフェンシン)の分泌量を減少させることによって、特定の腸内細菌が影響を受け、腸内細菌バランスの恒常性が破綻することが確かめられたとのことです。αディフェンシンとは、小腸の上皮細胞から分泌され、簡単にいえば悪玉菌だけを攻撃し、人体にとって有用な菌に対しては影響しない抗菌ペプチドです。

これまでにも、精神的な疾患と腸内細菌バランスの悪化との関連性については、精神的ストレスを受けた時に消化管局所で放出されるカテコラミンが腸内の大腸菌などの病原性を高めることが九州大学の研究で明らかにされていますし、国立精神・神経医療研究センター神経研究所の研究で、大うつ病性障害患者と健常者の腸内細菌について、うつ病患者群を健常者群と比較した結果、ビフィズス菌の菌数が有意に低いこと、さらにビフィズス菌・乳酸桿菌ともに一定の菌数以下である人が有意に多いことなどがわかっています。

今回の北海道大学大学院の研究では、より具体的に精神的なストレスが腸内細菌バランスの悪化につながる機序が解明されたわけですが、腸内細菌バランスの悪化は、腸内細菌によるセロトニンをはじめとした脳内伝達物質の合成に支障をきたすことで精神状態に悪影響を与えるとされ(脳腸相関)、同研究チームは今回の成果をうつ病の予防や新たな治療法の開発につなげたいとしています。

麝香の効能

麝香は全身の“気”の巡りをスムーズにしてくれますが、神農本草経にはストレスの影響を排除して夢を見ていて飛び起きたり、悪夢にうなされなくなると記されています。現代風にいえば、睡眠中の夢を見る時間帯であるレム睡眠時の過度の興奮を抑えて、睡眠リズムを適正にして、健康や美容にとって重要な成長ホルモンが分泌されるノンレム睡眠の時間帯を確保するということになります。そのほかにも、ストレスによる不安神経症に用いられるほか、芳香開竅薬として意識障害などに応用されています。

また、本草綱目には李東垣の“麝香は脾に入って内病を治す”という文言が記されているほか、著者の李時珍の意見として“果瓜の食積を消す”、すなわち瓜類や果物などおなかを冷やすものの弊害を消すと記されています。もちろん、おなかを温めるために麝香を用いなくても、一般的な生薬は数多くありますが、消化管のリズムはストレスの影響で乱れやすいのも事実で、ストレス下にあるときに麝香を服用することで胃腸の調子も良くなることは十分にあり得ると思います。実際に日本で販売されている麝香製剤の多くに、気つけや夜泣き以外に胃腸虚弱や消化不良といった胃腸に対する適応症が認められています。

麝香には抗菌作用のあることが報告はされていますが、αディフェンシンのように人体にとっての悪玉菌だけに作用するかどうかは知られていません。陶弘景は麝香を枕の中に入れて眠るだけでも悪夢を見ないようになると記しているように、元々、麝香の効果の本態はその香りであり、胃腸に対する麝香の作用として直接的な悪玉菌に対する抗菌作用は無いかも知れませんが、精神的なストレスを緩和することでαディフェンシンの分泌の低下を抑え、結果的に腸内細菌バランスの恒常性を維持して胃腸の状態を安定させている可能性もあると思います。

因みに、近年の研究では腸内細菌の機能や代謝に関して、日内変動があることがわかっており、その変動には宿主の時計遺伝子の支配と、摂食行動が影響しています。更に、腸内細菌が宿主の概日リズムに影響を与えることもわかっており、宿主と腸内細菌は連携して睡眠リズムに影響を与えていることが知られています。すなわち、質の良い睡眠に腸内細菌バランスの善し悪しが関わっているわけで、麝香の睡眠リズム改善作用にも腸内細菌が関係しているのかも知れません。

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