湿気の影響
九州南部が梅雨入りしたそうですが、今年の梅雨入りは全国的にも早まりそうです。これからの季節は、湿度が高い日が多くなって環境因子としての湿邪の影響を受けやすくなります。もともと梅雨時に限らず、日本は世界的に見て降水量が多く(日本の年間降水量は世界平均の約2倍)、良い意味では水が豊富な国でもありますが、漢方的には湿邪は気の流れを悪くさせるとともに、“脾は湿を嫌う”とされ、湿度が高い環境では胃腸機能が低下しやすくなります。特に胃腸の水分代謝機能の低下は、摂取した水分を有効利用できなくなって体内に余分な水分がたまりやすくなり、やがて“痰湿”とよばれるような病理的な水分が発生します。更に、体内に発生した水垢のような“痰湿”は、気の巡りを阻害することで、不安感が強くなったり、のどの異物感(“梅核気”)なども感じやすくなるほか、(特に午前中に)からだが重だるくなったりします。そのほかにも、気象病とよばれる低気圧による頭重感やめまいの原因ともなります。昔から雨が降ると“うっとうしい”と表現しますが、漢字で書けば“鬱陶しい”で、気の流れが悪いことを表現する“鬱”という字が入っているのもうなずけます。
また、湿度が高いときには環境の湿邪と体内の湿邪が“共鳴減少”を起こして症状が余計に強くなります(同気相求)。因みに体内に余分な水分をため込みやすい方は、“暑がりなのに低体温”という方が多く、これは体内の余分な水分のせいで蒸(む)れて暑く感じやすくなることが原因で、悪いことに暑く感じやすくなることで、冷たいものを摂ったり、薄着をしたりして更におなかを冷やして水分代謝が余計に悪くなるという悪循環に陥りやすくなります。因みに、慢性的に胃腸の水分代謝が悪い人の特徴としては、唇の乾燥があげられ、夏でもリップクリームが手放せないという方も多いです。
梅雨時には麝香
さて、体内に発生した病理的な水分を水毒ともいいますが、体内に溜まった余分な水でもイメージとしてサラサラしたようなものが原因で起こる急性の下痢や頭重感には五苓散が用いられます。また、慢性的に胃腸機能が低下して体内に病理的な水分が定着して生じる“痰湿”によるうつ的な症状(痰気鬱結)や、咽喉頭異常感症ともよばれる梅核気などには、温胆湯や半夏厚朴湯などで気血の通り道にこびりついた痰湿を取り除いていく必要がありますが、“湿性粘滞”と表現されるように、水垢を完全に取り除くには時間がかかります。
いずれにせよ、一年の内で梅雨時に最も多くみられる湿邪の影響による気の巡りの悪さから来る症状には、対症療法的ではありますが麝香による気つけ作用が最も即効性があります。麝香は帰経が全身十二経であり、本草綱目には「諸竅を通じさせ、経絡を開いて体の隅々までの気の流れを良くする。また酒毒や冷たい物を食べ過ぎておこる消化不良を治すだけでなく、脳卒中、胃腸虚弱、何かに怯えて体が凍りつくようになるのを治すことができる。また気の逆行による突然の眩暈などにも良く、気の滞りによるおなかの痛みやしこりを治す。」と記されているように水分代謝異常の原因であるおなかの冷えに対しても有効です。ただし、麝香製剤が効くといっても、本質的には一般的な方剤や食養生を通して胃腸機能を回復させていくことが根治につながります。
今年は、長引くコロナ禍の影響で日本中に重苦しい雰囲気が充満して、うつ的な症状を呈する方が多くなっていますので、これから湿度が上昇するとともに例年以上に気の巡りの悪さからくる様々な症状が顕在化しやすくなると思われます。尚、そういった方で昼間の症状に麝香製剤がよく効くとしたら、必ず睡眠状態も確認する必要があります。麝香製剤で楽になる方の多くは、本人が気づいていなくても夜中によく目が覚めるといった軽い睡眠障害を呈していることが多く、その場合は寝る前にも麝香製剤を服用して睡眠の質を改善することで、昼間の症状も楽になります。麝香は西洋薬の睡眠薬のような速効性はなくても、寝る前に3日ほど続けると睡眠中の気の巡りの乱れを正常化して自然な睡眠リズムにすることで、睡眠の質を高めてくれます。