この一年あまり、新型コロナウイルスに振り回された感がありますが、長引くコロナ禍の中で連日報道されている内容をみていると、西洋医学的な見方と漢方的な見方の違いをまざまざと見せつけられている思いがします。どういう事かというと、“新型コロナウイルスは飛沫感染する”ので密を避けるべきだとか、あるいは、“新型コロナウイルスに効く薬”がない、“新型コロナウイルスに対するワクチン”の接種が急がれるなどなど、人ではなく新型コロナウイルスやワクチンが主語になっている点に違和感を憶えます。もともと、新型コロナウイルスに限らず現代医療に於いては、病名や医薬品、検査数値など、“人”以外が主語になることが圧倒的に多いわけで、新型コロナウイルスだけの話でもないのですが、感染予防のために一番重要なことは人の免疫力をいかに保つかということであって、そういった観点からの報道が殆ど見うけられないことに違和感を覚えます。
また、一部の週刊誌などで免疫を高めるための漢方薬という観点で補中益気湯などがとりあげられたりもしましたが、確かにウイルスなどの外邪から身を守る“気”のエネルギーを“益す”という名前の通り、処方の意味としては間違っていませんが、誰が服用しても免疫力が上がるかというと別の話になりますし、漢方薬を服用する以前にもっと重要なことがあります。
漢方の世界では、病気の予防に対しては、感染症であろうと生活習慣病であろうと、病気にならないように日頃から養生を心がけることが最も重要であるという大前提があります(「養生七分、治三分」)。特に、養生の中でも食養生が最も重視され、古くは周の時代に官職について記された『周来(しゅうらい)』には、宮廷医のランクとして体調や季節要因などを考慮して食事のメニューを考える「食医」が最上級とされ、次いで「疾医」、「瘍医」、「獣医」の順である旨、記されています(“薬補は食補に如かず”ともいわれています)。また、現代の栄養学的な発想では食品はカロリーや栄養素の供給源としかみなされませんが、漢方では“薬食同源”といわれるように食品にもそれぞれ効能があると考えますし、『養生訓』を著した貝原益軒が「養生の道は、まず脾胃を調えるを要とす」と述べているように、五臓六腑の“脾”“胃”の機能を正常に維持することが養生の目的であり最も重要であると考えられています。
これは、“気”は主として食べ物をもとに“脾胃”の働きによって生じるとされているからですが、“気”とは免疫力のみならず人体の自己治癒力であり、ストレス抵抗力の大小にも関わるものです。現代医学的にも腸内細菌叢の善し悪しが免疫のみならず代謝性疾患や精神・神経系疾患をはじめ全身の健康状態と密接に関連することが明らかになりつつありますが、健全な腸内細菌バランスを保つための方法論が、昔から食養生を中心とした養生といわれるものであると思います。話をコロナ禍にもどすと、感染を防ぐためにまずなすべきことは、食養生などを通じて口から肛門までの健康状態を保つことであるといえます。