膀胱は州都の官
寒くなるとトイレが近くなるという方は多いですが、理由としては、暑いときに比べて発汗量が減ることや、寒冷刺激が自律神経に影響して排尿を促すからと説明されています。では、なぜ寒冷刺激が排尿を促すのかと考えると、寒い時期は自らの体温を維持するためのエネルギーが暖かい時期に比べてより多く必要となるために、膀胱内の尿まで保温しておく余力が少ない人ほど、トイレが近くなると考えられます(一般的に朝起きてから寝るまでの間に排尿回数が8回以上である場合に頻尿とされています)。漢方的に考えると、加齢により腎陽が不足しがちな方ほど寒さの影響でトイレが近くなるわけですが、腎陽虚ではトイレが近いだけでなく精力減退や腰や膝の痛みやだるさを伴います。一方で、のぼせや足の裏にほてりを感じやすく、冬場でも裸足でいる方が気持ち良いといった腎陰虚の高齢者では、膀胱が繊維化するなどして膀胱の容積が小さくなることで頻尿になることも多いとされています。その他、男性では加齢により前立腺が肥大することで膀胱や尿道が圧迫されることで頻尿になることも知られています(前立腺肥大も漢方的には腎虚症状のひとつです)。
西洋医学的には加齢に伴い副腎髄質からのカテコールアミンの分泌が増加することが知られており、脳や脊髄、膀胱におけるカテコールアミンの増加はα1受容体の活性化を通じて尿意の易出現性につながるとされています。漢方的には加齢=腎虚の進行が頻尿につながると考えられますが、腎と表裏の関係にある膀胱は黄帝内経に“州都の官”とあり、州とは中州の州であり、水の多く集まるところで、尿の排泄を主るということですが、西洋医学的にも加齢により膀胱そのものの機能が低下するだけでなく、副腎髄質の老化なども膀胱に影響して頻尿につながることが明らかになっています。
いずれにせよ、頻尿に対しては補腎することで症状の改善が期待されますが、高齢者の場合は全身の老化現象が膀胱に影響して頻尿につながっていますので、一般的な六味丸や八味丸などだけでなく、鹿茸や亀板などで腎精を補う方が効果的だと思います。
高齢者の夜間頻尿
高齢者では就寝中に2回以上トイレに起きるような夜間頻尿をうったえる方も多くなります。原因としては、上記のような膀胱容量の低下や、血液をサラサラにするために水分を多めに摂る方がよいといった情報の影響や、服用中の新薬の副作用による口渇にともなって水分を過剰にとることなどのほか、加齢によって血管透過性が亢進して下半身における水分貯留が増大して、就寝時に尿量が増えることなどが挙げられています。
また、高齢者に限らず、睡眠障害は夜間頻尿の原因になることが知られています。これは睡眠が深い人では膀胱内の尿量が一定以上になった場合にアクアポリンを介して膀胱が尿を再吸収して尿意を感じなくなるのに対して、睡眠深度が浅い人ではそういった機序が働く前に尿意をおぼえて目が覚めるからです。特に高齢者では運動不足などにより、眠りが浅くなることも多く、夕方に30分程度の散歩をすることで夜間にトイレに起きる回数が減ったという報告もあります。運動不足以外では精神的なストレスが睡眠障害の原因となることが最も多く、寝つきに問題はなくても夜中にトイレに何度も起きるといったケースでは、本人はトイレに行きたくて目が覚めただけと思っている事が多いですが、その背景にストレスによりノンレム睡眠と呼ばれる深い眠りがなく、睡眠深度が浅い状態が続いていることが多いです。こういったケースではストレス=緊張による夜間の膀胱拡大不全によって余計に尿意をおぼえやすくなることも知られています。
このような場合は、神農本草経に「よく夢をみて飛び起きたり、あるいは寝ていて悪夢にうなされるといったことがなくなる」と記されている麝香が有効です。因みにワシントン大学による調査でも、睡眠の質が良い人ほど脳内のアミロイドβタンパク質の蓄積が少ないこともわかっており、質の良い睡眠は認知症の予防にもつながります。