腸内細菌 からみた“土王説”

脾は後天の本

近年、西洋医学の世界では内臓や筋肉あるいは骨などの間で相互にシグナルが発せられ、生体機能を円滑に維持するためのネットワークが築かれていること(臓器連関)が明らかになりつつあります。もともと漢方に於いては五臓六腑の相生、相尅関係をはじめとして、“肝脾不和”や“心腎不交”あるいは“肝腎陰虚”など臓腑同士が互いに影響を与え合うことは自明の理として捉えられていますが、西洋医学的にも漢方の考え方に一歩近づいた感があります。

ところで、相生、相尅関係では五臓六腑を五角形に配した図をよく目にしますが、“後天の本”であり、五行説でも“中央”とされる“脾”を中心にして四方に肝、心、肺、腎を配した“土王説”という考え方もあります。因みに、この構図は大相撲でもみられ、“土”俵が中心で、土俵の上の吊り屋根の四隅に青、赤、白、黒の房が吊されています。この4色は五行説では、東、南、西、北をあらわすとともに、それぞれの方角を守る青龍、朱雀、白虎、玄武をあらわしています。いずれにせよ、“土”=“脾”を中心とした構図になっているわけですが、解剖学的にも消化管はからだの中心を通っているわけですし、“脾”は“気血生化の源”として全身に影響を与える存在であり、ある意味で臓器連関の中心的な存在ともいえます。このことは中医学で“内傷脾胃、百病由生”=“脾胃を傷つけることで百病が生じる”とされ、わかりやすくいえば“脾”の機能低下(“脾虚”)は自己治癒力とストレス抵抗力の低下につながるということです。

腸内細菌を通じた“臓器連関”

“脾”の機能としては飲食物の消化吸収、水分代謝と統血作用(“血”がみだりに漏れ出さないようにする作用)の3つが挙げられますが、近年、腸内細菌の研究が進むとともに、五臓の “脾”の機能は腸内細菌バランスの善し悪しと連動しているという認識がなされています。

ここ数年研究が進んでいる腸内細菌ですが、腸内細菌バランスの善し悪しが消化器系の疾患だけでなく、アレルギー疾患や自己免疫疾患、糖尿病、動脈硬化、うつ病や自閉症などの精神疾患、更には婦人科疾患などにも大きく影響することがわかっています。漢方ではもともとアレルギー疾患は「“脾”“肺”“腎”の病」とされていますし、婦人科に限らず生殖器官(漢方的には“腎”)は発生学的には腸から分化したものであり、腸内細菌との関連性が強いと考えられてきましたが、実際に、腸内細菌バランスが多嚢胞性卵巣や流産などに影響することが解明されています。つまり子宮などの健康状態は腸内細菌バランスが大きく影響すると考えられているほか、子宮内細菌叢という言葉も使われ始めています。因みに、やはり漢方で“腎”との関わりが強い脳との関係でも脳腸相関と呼ばれる関係にあるなど、“脾”と“腎”は腸内細菌を通じて密接につながっていることがわかりました。さらに、腎臓ということでは、腸内細菌バランスが悪いことが腸管由来尿毒素の蓄積などを通じてCKD(慢性腎臓病)に関与していることが東北大学などの研究で明らかになっています。

肝臓に関しては、肝臓に流れ込む血液の大半は消化管から門脈を通じて運ばれ、腸内細菌バランが悪いと腸内細菌の構成成分が肝臓に流れ込み、炎症が惹起されることが知られており、肝臓における炎症は肝硬変や肝臓がんのリスク要因となります。心臓に関しても、腸内細菌関連代謝物であるトリメチルアミンNオキシド(TMAO)が動脈硬化を悪化させ、動脈硬化性の心血管イベントの発症につながることがわかっています。

以上みてきたように、個々の臓器がシグナルを出し合ってつながっていること(臓器連関)以上に、腸内細菌はすべての臓器に影響することが明らかになっています。西洋医学の祖とされるヒポクラテスは“総ての病は腸からはじまる”という言葉を残したそうですが、腸内細菌を五臓の“脾”と置き換えると、正に“脾は後天の本”といえます。

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