超高齢化社会
内閣府が発表した高齢社会白書(平成30年版)によると、平成29年10月1日現在の日本の人口が1億2671万人に対して65歳以上の人口は3515万人とされ、2042年には3951万人になると予想されています。
また、日本は世界有数の長寿国であることも確かですが、平成29年版の同白書では2001年と2013年時点での比較では平均寿命の延びに比べて健康寿命の伸びは小さく、医療面に関しては健康保険制度や介護の問題などがこれから深刻化していきそうです。また、介護の問題とも絡みますが、2012年時点では認知症高齢者数が462万人とされ、これが2030年には約800万人になると推計されています。
漢方的にみた場合、認知症は“髄の海”である“脳”の老化であり、“髄”は“精”から生じるので、“精”の減少過程である老化現象のひとつと捉えられます。よって、いかに“精”を補うかが基本的な対策となります。具体的には若い頃から食べものから“精”をとりこむ“脾”の機能を維持することや、中年以降では補腎の基本処方である六味地黄丸加減の処方で“精”を補うほか、歳とともに鹿茸や鹿角、亀板など直接的に“精”を補うことが脳だけでなく足腰の老化予防にも重要です。
脳内細菌の発見
ところで昨年の11月に、米アラバマ大学バーミンガム校の研究チームが、統合失調症患者と健常者の脳の違いを分析するため、検体である脳のサンプル34個を電子顕微鏡でチェックしていたところ、すべての脳断面画像から細菌が見つかったとの報告がアメリカの科学技術サイトに掲載されました。見つかった細菌は腸内細菌と同種のもので、脳内には炎症や細菌性の病気の痕跡もなく、細菌による汚染の可能性を徹底的に排除した上でマウスの脳組織で同様の検査をしてみても多くの細菌が観察されたとのことです。この脳内に棲息している細菌がどのような働きをしているかは不明ですが、基本的に脳の健康状態に何らかの関わりがあることは間違いなさそうです。
近年の腸内細菌に関する研究では、様々な疾患と腸内細菌の関わりが見出され、また、脳腸相関と呼ばれるように、腸内細菌叢と脳とは相互に影響しあっていることが知られていますが、腸内細菌が脳にも細菌叢を形成しているのとすれば、もっと直接的に影響しあっている可能性もあります。
アメリカの分子生物学者でノーベル医学生理学賞受賞者でもあるレーダーバーグ博士は「宿主とその共生微生物はそれぞれの遺伝情報が入り組んだ集合体である“超有機体”として存在していると考えるべき」といっていますが、少なくとも脳の健康を維持する為に健全な腸内細菌叢を維持することは重要だと思います。漢方的には腸内細菌叢の働きと重なる部分が多い五臓の“脾”の健全性を保つことが健康の基本とされ(“脾は後天の本”)、“脾”を損なうと万病が生じるとされていますが、近年の腸内細菌に関する研究成果からみて、“脾”を腸内細菌と置き換えてもおかしくないと思います。
脳の存在理由
脳の存在理由について神経科学者でケンブリッジ大学教授のダニエル・ウォルパート博士は、ユニークな仮説を唱えておられます。すなわち、脳は考えたり感じたりするためではなく、動きを制御するために進化したものであり、状況に応じた複雑な動きをするために存在しているというものです(※)。同博士によるとホヤは海の中を漂っている幼生の時は脳を持っているものの、適当な岩礁などに固着して動き回る必要がなくなると自分の脳を“食べてしまう”そうです。その他にも、コアラの脳は頭蓋骨の容積に比べて小さいことが知られていますが、ユーカリの木の上でじっとしている生活が脳を退化させたという説もあります。更に、神経学者でニューヨーク大学のリナス教授によれば、「わたしたちが思考と呼ぶものは、進化の過程で動作が内在化したものである」とのことです(※)。
よって、指先の運動だけでも脳に刺激を与えられるとされていますが、脳の健康を維持するために適度な運動は欠かせないといえます。
(※参考文献:「野生の体を取り戻せ!」ジョンJ・レイティ&リチャード・マニング著)