冬令進補の勧め

“精”とは

 冬は“精”を蔵する“腎”の季節ですが、この時期には来るべき春に備えて積極的に“精”をたくわえることが重要とされています。中国では、冬の間に進んで“精”を補っておけば、春になって虎をも打ち負かせることができるという慣用句(冬令進補、春天打虎)があるくらいですが、この時期には体力的なピークを過ぎた人ほど積極的に“精”を補うべきとされています。具体的には羊や烏骨鶏などを食べるほか、鹿茸や鹿角、亀板や阿膠などを煮つめたものを毎日少しずつお湯に溶いて飲むことなどが一般的です。

 ところで、“精”とは生命の根源物質のようなものであり、黄帝内経には“両神あい搏(う)ち、合して形をなす、常に身に先じて生ずるは、これを精という”とあり、男女の“精”が合わさることによって新たな“精”が誕生し、そこから生命が始まるとされています。また、新たに生じた“精”は髄(脊髄、骨髄)を生じ、骨髄は骨格を形成して骨や歯(歯は「骨之餘」)を丈夫にし、脊髄は頭に集まって脳になり頭目を聡明にするとされるほか、生命の熱エネルギーの源泉である「命門の火」(腎陽)の燃料ともなります。因みに発生学的にも受精卵が分化していく過程で心臓ができる2日前に前腎とよばれるものが発生するそうです。

さて、生命の誕生に際して両親から授かった精を“先天の精”といいますが、生まれてからは食べものの中から一番栄養の濃い部分を“後天の精”としてとり入れて、からだの成長の為の物質的な基礎かつエネルギー源として用いられます。成長期に於いては“精”をとりこむための食事と胃腸の消化吸収、代謝機能が最も重要とされていますが、“精”は生殖の原動力でもあり、不妊症のような次の世代の新たな“精”を生み出すだけのパワーが不足している場合には積極的に“精”を補う必要があります。中年以降になると、足腰がだるいとか骨密度の低下など早期の老化現象(腎虚症状)がみられる場合は、六味地黄丸や八味地黄丸などの腎気を補うもののほか“精”を補充すべきですし、老齢期には“髄の海”である脳を補う意味で“精”を補充すべきとされています。

“精”と免疫

 人生を通じて“精”の不足は様々な疾患の原因となり得ますが、免疫機能にも影響を及ぼします。人体の免疫に関しては、腸管免疫とよばれるように五臓の“脾”の役割も重要ですが、漢方では免疫力の根幹は“腎”が担っていると考えられています。これは白血球などが骨髄から分化していくことを考えるとわかりやすいかと思いますが、本稿の7月号にも書きましたが、数年前に京都大学の研究でT細胞が年齢とともに“老化”していくことが明らかになっているほか、今年の10月には、東京薬科大学と理化学研究所などの研究により、炎症や組織障害の回復期に骨髄で盛んに作り出される単球が発見されたとする報道がありました。この単球細胞は炎症の抑制や組織の修復にかかわるタンパク分子を産生することで傷ついた組織の修復に関わっているとされ、将来的に効率よくこの単球を増やすことができれば、傷害をうけた組織や臓器の修復促進剤の開発につながることが期待されるとしています。

漢方的に考えると、骨髄のもとになる“精”の不足はこのような単球の分化にも悪影響を与える可能性が高いと思われ、特に潰瘍性大腸炎など腸管の慢性的な炎症をきたすようなケースでは、慢性的な胃腸機能低下による“後天の精”の不足も背景にあると考えられることから、腎精不足の症候がみられるような場合は“精”を補充することは炎症組織の修復につながる可能性があります。

“精”の増やし方

 最後に“精”を補う上で重要なことは、まず食事と胃腸機能が健全であることが必要ですが、鹿茸などでは“陽精”を補う作用が強く、冷えが強い場合には適していますが、五心煩熱や血熱がある場合には禁忌とされていますので、そういった場合は、のぼせなどを一般的な方剤で改善しつつ、鹿茸よりは温める作用が弱い鹿角や“陰精”を補う亀板などが用いられます。また、冷えものぼせも強くない場合には鹿角と亀板が配合された亀鹿二仙膠で“精”を補うのが良いと思います。

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