端午の節句
中国では、古代から旧暦5月は“毒月”とよばれ、五節句のひとつである端午の節句(5月5日)は5月の中で9回あるとされる“毒日”の最初にあたります。この日は“五毒(毒ヘビ、ムカデ、サソリ、毒ガエル、ヤモリ)”がわき出るとされ、それゆえ邪気を払うべき日とされています。邪気を払う方法としては“蘭浴”といって佩(はい)蘭(らん)(フジバカマ)を入れたお風呂につかるとか、菖蒲(石菖根)をいれたお酒を飲むといった習慣がよく知られています。これは、佩蘭や菖蒲など香りの良い薬草を使って邪気を払うという発想で、端午の節句は、こうした薬草を摘みに行く“薬狩りの日”としても知られています。また、貴族の間では端午の節句に香りの良い薬草や麝香などを丸く束ねて錦の袋に入れて壁や柱に掛けておく習慣があり、これが薬玉(くすだま)の起源とされています(薬玉の“邪気を払う”というイメージが現在でも式典などで“くす玉”を割るといった習慣につながったものと思われます)。また、日本では端午の節句につきものの“菖蒲”が“勝負”や“尚武”につながるとして武家社会の中で男子の成長を祝う日となったといわれています。
蠱毒(こどく)の病
さて、五毒と呼ばれるような虫が地上にわき出してくるというだけでも禍々(まがまが)しいものを感じさせますが、古代より中国において“五毒”といえばそういった害虫による直接的な害よりも蠱毒を連想させることでより恐ろしいものとして認識されています。蠱毒の蠱とは、代表的なものとしては本草綱目に唐の本草学者である陳蔵器の言説として「百虫を甕に入れて一年後に開けると、必ず他の虫を食い尽くした一匹が残っている。これが蠱である。鬼神のように姿を隠し、人に災いをもたらす虫鬼である。」(※)と記されており、蠱師(こし)とよばれる呪術師が用いるものとされています。すなわち蠱師(こし)が蠱毒を用いて人を死に至らしめるわけですが、蠱毒には様々な種類があり、それによって引きおこされる病状も皮膚にできものができたり、お腹が痛くなったり、体の中を虫がはい回る感じがしたりと様々で、最後には命をなくすとされています。このため、中国の歴代王朝は古代より清朝に至るまで蠱毒を用いることを厳しく取り締まってきましたし、現代中国においても蠱毒の病に効くと称した薬が販売されるなど、現在においても単なる迷信だとは片付けられないほど蠱毒は恐れられています。
蠱毒への対処法
さて、現代においても中国社会で恐れられている蠱毒ですが、蠱毒に中ら(あたら)ないための方法として一般的なものは玉石などの辟邪物を身につけておくことで、そういった意味でも中国社会では翡翠をはじめ様々な玉石が人気です。
また、運悪く蠱毒の病を発症したときには様々な生薬が用いられます。神農本草経に収載されている365種類の生薬の中でも蠱毒に用いると記されているものは蘭浴に用いられる佩蘭ほか40種類以上にのぼりますが、中でも犀角や羚羊角、麝香などの動物性の生薬は蠱毒に対して効力が高いとされています。犀角に関しては魑魅魍魎の存在を暴き出す霊力があるとされ、蠱毒(こどく)が仕組まれた飲み物を犀角でかき回すと白い泡ができるとされています(※)。また、神農本草経には羚羊角には蠱毒(こどく)の難を避けさせる効能があるとされ、麝香は蠱毒(こどく)の病を治す作用があるとしています。
蠱毒(こどく)なる呪術で本当に人の命を奪うことができると仮定すれば、この世のものではない力で最終的に五臓の“心”の心竅を閉ざす作用があることになりますが、麝香の開竅作用によって心竅を開くことで命が助かるということだと思います。尚、同じ開竅薬の牛黄に関しては蠱毒(こどく)に関する記載は見あたりませんが、密教において出産の無事を願う儀式に用いられることが司馬遼太郎の「牛黄加持」という短編に記されています。
(※参考文献:「中国最強の呪い 蠱毒」村上文崇 著、彩図社)