耐性菌問題からみた現代医療のアイロニー

“抗生物質以前の世界”へ

  世界保健機構(WHO)が2011年の世界保健デーで薬剤耐性の問題をとりあげて以来、世界規模で薬剤耐性菌の問題に取り組む必要性が認識されるようになってきています。2014年の英国の耐性菌に関する調査チームの報告によると、このまま効果的な措置を講じなければ、世界の耐性菌による年間死者数は、2050年には一千万人になると予測されています(当時の感染症による死亡者約2000万人のうち耐性菌による死亡者は約70万人)。因みに、この一千万人の内訳ではアジアが473万人と最も多くなると予測されており、抗生物質の濫用とそれによる耐性菌の蔓延は、世界が“抗生物質以前の世界”へと逆戻りしかねないとさえいわれています。

 2015年にはWHO総会で薬剤耐性に関する国際的な行動計画が採択されました。これをうけて日本政府も薬剤耐性アクションプランをスタートさせ、昨年の秋には「抗微生物薬適正使用の手引き 第一版(ダイジェスト版)」を作成、今春の診療報酬改訂のなかで、厚生労働省は薬剤耐性菌対策として「小児抗菌薬適正使用支援加算」を新設するほか、かかりつけ医機能を評価する点数の要件として、「抗菌薬の適正使用に関する普及啓発に努める」「抗微生物薬適正使用の手引きに則した治療手順等、抗菌薬の適正使用に資する診療を行う」を掲げているほか、入院についても「抗菌薬適正使用支援加算」を新設するとしています。

 また、世界的にみて抗生物質の生産量の80%は家畜に使用されており、WHOは昨年の秋に、家畜の成長促進や疾病予防のための日常的な抗生物質(抗菌薬)の投与を中止するよう農家や食品業界に勧告を出しています。抗生物質以外についても、米国では、一昨年の9月に、抗菌作用のあるトリクロサンなど19種類の殺菌剤を含む抗菌せっけんやボディーソープなどの販売が禁止されていますが、その理由として、これらの抗菌成分を含んでいても通常の石鹸で洗う場合と効果に差がなく、更には長期的にみて、耐性菌の問題が危惧される事を挙げています。

耐性菌以外の問題点

 抗生物質の濫用に関しては耐性菌の問題以外にも様々な問題が指摘されています。特に近年解明がすすんでいる腸内細菌叢に対する影響から、抗生物質の使用は家畜に対する成長促進作用と同じように人体に対しては世界的に増加している肥満の原因となる可能性が指摘されているほか、腸内細菌叢の乱れは、自閉症やうつ病などの精神疾患からアレルギーや自己免疫疾患、更には腸内細菌叢の乱れから生じる腸管粘膜の炎症(くすぶり型炎症)が尿酸の代謝異常や糖尿病などの原因となることがわかっています。また、2015年にオレゴン州立大学における動物実験で、抗生物質は細胞内のミトコンドリアにも影響し、結果的に腸管上皮細胞にダメージを与えることが報告されています。

 また、昨年の4月、米国マサチューセッツ総合病院の研究によると、若年成人期~中年期(20~59歳)に抗菌薬を長期間使用した場合、60歳以降に大腸がんの前駆病変である大腸腺腫の発症リスクが上昇することが報告されています。同病院によると60歳以上の女性1万6千人あまりを調べたところ、20~39歳での使用期間が2カ月以上の女性は非使用者に比べてリスクが36%上昇、40~59歳での使用期間が2カ月以上の女性では非使用者に比べてリスクが69%上昇していたとのことです。

  19世紀にコッホが病原性微生物の存在を明らかにしてから、“細菌イコール悪”というイメージが定着していったところに抗生物質が登場し、この半世紀の間、その劇的な効果から抗生物質に対する過信と、細菌に対する過剰ともいえるほどの排除が進みました。その結果、皮肉なことに耐性菌によるパンデミックのリスクが叫ばれるようになった上に、うつ病やアレルギー疾患、糖尿病などの蔓延につながったことが明らかにされつつあります。こうした現状を考えれば、これからの医療において、自然との共生や食事をはじめとした養生を通じて疾病を予防するという東洋的な考え方が求められる時代になっていくと感じます。

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