心房性ナトリウム利尿ペプチド
五行説では夏は陽中の陽臓である“心”の季節です。暑いというだけで心臓には負担になりますが、汗は汗で“心”の液であり、発汗過多も心臓には負担となります。漢方的に考えると、“君主之官”である心臓が弱ることは心筋梗塞などの心臓病に限らず全身にさまざまな影響を及ぼしかねませんが、西洋医学の世界でも心臓と腎臓をはじめとする内臓との関連性についての研究が進んでいます。
たとえば、一九八〇年代に心房から心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)というホルモンが分泌されていることが発見されましたが、このANPには末梢血管の拡張作用があり、それによって心臓の負荷を軽減するとともに、利尿作用があることから体液量を減らして心臓の負荷を下げる働きがあることがわかっています。
現在では、心不全の診断や治療薬として活用されているほか、ANPの受容体は心血管とともに腎臓に強く発現しており腎臓保護作用も認められており、国立循環器病センターの研究チームによると、抗ガン剤(シスプラチン)によって誘発された急性腎障害を保護することが明らかになっています。また、同じく国立循環器病センターの研究チームによると、肺癌の手術の3日前よりANPを投与すると癌細胞の血管への接着を防ぐことができ、術後の転移や再発を防ぐ効果があるという臨床報告もなされています。
“心”と“腎”の関連性
漢方では五臓の“心”と“腎”の関係は、“心火”と“腎水”は相互に交流し、“心火”が“腎水”を温養し、“腎水”が“心火”を滋養するとされ、“心腎相交”とか“水火既済”とよばれる協調関係にあるとされています。この関係性が、慢性的な過労状態が続いたり、精神的ストレスの影響からくずれると、睡眠障害や動悸、のぼせなどの症状をともなう“心腎不交”とよばれる状態になるとされています。
この心臓と腎臓との関連について、今年の5月に東京大学と千葉大学の研究チームが研究成果を論文にまとめNature Medicine誌に掲載されました。内容は、心臓に圧負荷がかかると、その刺激は神経を介して脳から腎臓に伝わり、腎臓の組織マクロファージおよび血管内皮細胞が活性化されて血中にコロニー刺激因子2が分泌される→そのことによって心臓の組織マクロファージが活性化され、ある種のタンパク質(アンフィレグリン)が分泌される→アンフィレグリンが心筋細胞に作用して心臓への圧負荷に対し適応することが明らかにされたというものです。今年の4月には心臓におけるマクロファージが心臓での電気刺激伝達性を高めて、心臓の拍動の定常性に関わっていることが、マサチューセッツ総合病院の研究チームからも発表されていましたが、今回の東京大学と千葉大学の研究によれば、心臓のマクロファージの活性化が心臓と腎臓の連携によってなされていることが示されたわけです。
漢方の考え方では、健康で長生きするためには“補腎”と“活血”が重要であるとされていますが、特に高齢化が著しい日本では、“補腎”に関しては“後天の精”を十分確保するための食と脾胃の機能面の充実が、また、“活血”の中に瘀血の改善だけでなく“強心”という概念がもっと意識されるべきだと思います。