“鬱”の字義
雨が降ると“鬱陶(うっとう)しい”といいますが、この“鬱”という字はもともと大きな甕(かめ)のなかに酒と香草を入れてふたをしたという象形で、香気が閉じこめられた状態をあらわしています。黄帝内経に“百病は気より生じる”とあり、人間が健康でいるためには、全身を“気”がスムーズに巡っていることが重要とされていますが、“鬱”とは、すなわち“気”が巡らない状態を指しています。
“気”の巡りに関しては、まず“気”のエネルギーが十分にあることが大事ですが、“気”の主な発生源である五臓の“脾”は、精神的なストレスだけでなく、湿邪とよばれる湿度の高い環境では機能が低下します(「“脾”は湿を嫌う」)。そのため、食欲がなくなったり、おなかをこわしやすくなりますが、“脾”の機能低下により、“気”のエネルギーが低下しやすくなる上に、湿邪は“気”の巡りも悪くするため、梅雨時から湿度の高い状態が続く夏場は、気鬱症状を呈する方が増えます。一般的な症状としては、特に午前中にからだが重だるい、頭が重いとか締めつけられるような頭重感、むくみやすくなる、食欲の低下等ですが、日頃から精神的なストレスの影響を受けてうつ気味の方は、この季節は特に不安やゆううつ感などが大きくなります。また、暑い時期はクーラーのきいた室内と高温多湿の屋外を出入りすることによって自律神経も乱れやすくなりますので要注意です。
ところで、この季節、湿邪の影響などで“気”の巡りが悪くなったときには、“諸竅を通じさせ、経絡を開いて体の隅々までの気の流れを良くする。また酒毒や冷たい物を食べ過ぎておこる消化不良を治す(本草綱目:李時珍)”作用のある麝香が効果的です。
“頑張るストレス”と“我慢するストレス”
早稲田大学人間科学学術院の熊野宏昭教授によると、ストレスは“頑張るストレス”と“我慢するストレス”の2種類に分けられるそうで、前者の場合は日々の課題に対して頑張り続けているような状態のストレスで、アドレナリンが過剰分泌される状態が続き血圧の上昇など身体的な反応が起こりやすくなるそうです。また、“我慢するストレス”とは自分が不快に思っている状況などに対して我慢することを続けているような状況で、このタイプでは、ストレスホルモンの中でもコルチゾールの分泌を促し続けることによって脳がダメージを受け、こころの病につながっていくそうです。近年の国内外の研究によると、過剰なコルチゾールは脳の海馬の神経細胞にダメージを与え、長期化すると海馬の萎縮にまでつながり、そのことがうつ病の発症要因のひとつと考えられています(※)。
漢方的に考えれば、ある程度以上の体力がある人は“頑張るストレス”状態になる可能性が高く、それで疲れているような場合は牛黄製剤が、また、あまりにも考えなければならないことが多くて、頭の中がオーバーフローしたような状態になって、焦ってミスをおかしてしまうといったケースでは羚羊角製剤などが適合します。また、“我慢するストレス”とは“奴(やっこ)(奴隷)”の“心”をあらわす“怒”というタイプのストレスで、“鬱怒傷肝”といって全身の気血の巡りをコントロールしている五臓の“肝”に影響して気の巡りが悪くなる、すなわち鬱につながっていくということです。こういったケースでは、昼間も不安感などにさいなまれたり、睡眠状態も悪くなっていることが多いので、麝香製剤を用いて“気”を巡らしつつ、ぐっすり眠れるようにもっていくことが効果的です。
また、何れのタイプのストレスでも西洋医学的な研究では活性酸素に弱い脳がダメージを受けていることが多く、このことは精神神経機能や自律神経と関係の深い五臓の“心”や“肝”の余分な熱をさますとともに開竅作用もある牛黄を少量でも加えると効果的なケースもあります。
(※「キラーストレス 心とからだをどう守るか」、NHK取材班、NHK出版新書、2016参照)