深い眠りは脳を洗浄する

人生の3分の1は眠りの時間

 昔から健康の条件として胃腸機能の充実、すなわち“快食”、“快便”とともに挙げられているのが“快眠”です。なんといっても平均寿命まで生きたとして30年近くは眠っているわけで、睡眠がいかに大切かというのは誰しもが直感的に理解していることだと思います。

 睡眠に関する研究では、入眠直後の深い眠り(ノンレム睡眠)と浅い眠りであるレム睡眠を何回か繰り返して朝を迎えるとされており、睡眠の質という観点からは、一晩の間にどれだけ深い眠り(ノンレム睡眠)の時間帯があるかが重要とされています。これは、深い眠りであるノンレム睡眠の時にのみ成長ホルモンが分泌されるためですが、成長ホルモンというのは、子供の成長以外にも心肺機能や腎機能、免疫力、骨密度や性機能などからお肌の張りなどにも深く関与しており、いくら十分な時間寝ていても、ノンレム睡眠の割合が少ないと、成長ホルモンが十分に分泌されず、からだの疲れがとれないだけでなく、長期化すると全身の健康状態に様々な問題がおこりかねません。また、レム睡眠時には、記憶の整理が行われていますが、ノンレム睡眠時には記憶の定着(短期記憶をつかさどる海馬から前頭前皮質へ記憶が移る)が行われており、深い眠り(ノンレム睡眠)がないと脳の長期記憶に支障を生じることが明らかになっています。

脳は水の中に浮かんでいる

 ところで、脳はからだの中で唯一水に浮かんでいる臓器としても知られています。この水というのが脳脊髄液とよばれるもので、1日に500ccほど分泌され、脳の周りを循環して、神経細胞に栄養を与えたり、脳内の老廃物を除去すると考えられています。因みに、開頭手術などの際に、この脳脊髄液の流れがせきとめられて、脳内の水圧が上がると頭痛や吐き気、意識障害などを引きおこす水頭症とよばれる状態になるとされています(漢方で昔から水毒あるいは湿邪による頭重も、この脳脊髄液の水圧に関係していると思います)。

 さて、自然に循環していると考えられていた脳内の脳脊髄液ですが、脳内のグリア細胞が血管の外側にパイプのようなものを形成し、このパイプを通じて栄養に富んだ脳脊髄液を脳の神経細胞に届けるとともに、老廃物を含んだ脳脊髄液を排出する仕組みが存在することが米国のロチェスター大学の研究によって明らかになっています。また、マウスによる実験では、ノンレム睡眠時に脳細胞が縮んで脳細胞間の隙間が約60%も広がり、アミロイドβ蛋白質などの老廃物を排出しやすくしていることもわかりました。

 更に、ワシントン大学による調査でも、睡眠の質が良い人ほど脳内のアミロイドβタンパク質の蓄積が少ないこともわかっており、ぐっすり眠ることは頭がすっきりするだけでなく、アルツハイマー病の予防につながる可能性があります。

脳内環境改善のために

 以上みてきたように、現代の脳科学の研究によって、ぐっすり眠ることは成長ホルモンの分泌や脳内の老廃物の排出にもつながることが示唆されており、日々の健康だけでなく認知症の予防のためにも質の良い睡眠は欠かせません。

 因みに、漢方の見地からは、ストレスが原因となってレム睡眠時に恐い夢を見たり、神経が興奮してノンレム睡眠に入るのを妨げているようなケースでは、“夢を見ていて飛び起きたり、寝ていて悪夢にうなされたりしなくなる(神農本草経)”効能をもつ麝香が有効ですし、脳に栄養を補給し老廃物を排出する脳脊髄液は腎陰であり、加齢とともに減少していく腎陰を六味丸や亀板などで補うことは、脳脊髄液の生理機能を保持することにつながり、脳の若さを保つ効能が期待できます。 

 更に、脳内における活性酸素を除去する作用もあることが知られている睡眠ホルモンであるメラトニンはセロトニンから合成されており、セロトニンの合成には腸内細菌が大きく関与しています。腸内フローラを良い状態に保つこと、すなわち“快食”“快便”状態を維持することも、セロトニンやメラトニンの合成を通じて、質の良い睡眠と脳内の環境を良くするためには必要であるといえます。

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