からだの中の生物多様性問題

人体の9割は微生物?

 人体を構成する細胞の数について、これまでおおよそ60兆個程度といわれていましたが、一昨年にイタリアの生物学者らが詳しく試算したところ、実際は37兆個程度だったという論文が発表されました。また、そのうちの26兆個は赤血球であり、赤血球を除いた細胞数は11兆個ほどということになります。ところで人体と共生している腸内細菌について理化学研究所による最新の解析では、これまでいわれていた100種類、100兆個ではなく、種類も数もその5倍から10倍もいるとされ、腸管以外にも口腔内や皮膚にも多数の常在菌が棲息していることを考えれば、人体は細胞の数だけでいえば全体の9割以上が目に見えない腸内細菌などで構成されていることになります。

 さて腸内細菌に関しては、腸内細菌バランスが胃腸症状だけでなく様々な疾患に深く関与していることが知られていますが、善玉菌が優位な状態を維持するだけでなく、最近の研究では様々な種類の細菌が存在することも重要であることが示唆されています。

 人間は胎児の時は無菌状態とされ、出産に際して産道を通り抜けるときに乳酸菌など様々な細菌に“感染”することで腸内細菌叢などを形成していきます。また、出産後はからだも脳も急速に発達していきますが、このとき腸内細菌が新生児の脳やからだの発達に大きな影響を与えていることが指摘されています。今年の9月に発表されたカナダの研究者らによる論文では、ある種の腸内細菌が少ないことが喘息の発症に関係しているとされ、更に、生後初期の段階で新生児の免疫系は確立され、そのことに腸内細菌が大きく関与していることが指摘されています。

 成人になってからも腸内細菌叢は栄養代謝だけでなく、炎症性の腸疾患、アレルギー疾患や自己免疫疾患、あるいは脳腸相関からうつ病などとの関連性が指摘されています。日本の国立精神・神経医療研究センターがこの9月に発表した論文でも、免疫系の異常が原因とされる多発性硬化症の患者の便を解析したところ、健常者と比較して腸内細菌バランスの偏りが大きかったことが報告されています。

 いずれにせよ、長きにわたって人類と共生してきた腸内細菌の種類が豊富であり、バランスの良い状態を保つことが健康に大きく関与していることは間違いのないところです。

 

衛生仮説

 この半世紀ほどの間に、先進国を中心にアレルギーや自己免疫疾患が増加している背景に、幼少期における清潔すぎる環境が腸内細菌に影響を及ぼしている事が原因ではないかという説(衛生仮説)が唱えられていますが、環境以外にも帝王切開の増加や、抗生物質の使用などが大きく関係していることが指摘されています。あまりにもバイ菌を排除しすぎたために特に新生児にとって有用な腸内細菌の減少を招いているというわけです。

 そのほかにも腸内細菌に悪影響を与えるものとしては精神的なストレスや保存料や防腐剤あるいは人工甘味料(昨年の9月にイスラエルの研究チームによって人工甘味料は腸内細菌に影響して代謝異常を招き、結果的に血糖値の上昇につながるとする論文が発表されています)といった食品添加物など、現代社会は腸内細菌バランスを悪化させる条件が揃っています。さらに、腸内細菌バランスの悪い母親から生まれる子どもは、最初から母親から受け取るべき腸内細菌について不利であるといえます。

 腸内細菌バランスの悪さは、漢方的には“後天之本”である五臓の脾の問題になりますが、適切な処方で脾の状態を改善する以外に、食事を中心とした養生が腸内細菌の多様性とバランスを維持するために大事です。食べものでは薬膳的に脾を補うとされる穀物や芋、豆類を中心にして、発酵食品や俗にいう酵素食品のようなものを常用することが腸内細菌の活性化につながります。また、かぜなどで発熱しても安易に抗生物質を使用せず牛黄などで対応することは、数の少ない腸内細菌が絶滅するのを防いで腸内細菌の多様性を守ることにつながり、そのことは一般的に考えられている以上に健康を守ることにつながります。

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