鬱症状の発生機序
四月から新年度が始まり、新しく入学なり入社した人が五月頃になって新たな環境に不安を感じたり、適応できない事で鬱傾向になることが多く、五月病と呼ばれています。
漢方的に解説すれば、もともと春は肝の季節で“気”の巡りが乱れやすい上に、新しい環境にとまどったり、馴染めないといったストレスは、“自分の思い通りにならないことに対してイライラする”心理状態を表した“怒”というタイプのストレスであり、全身の“気”の巡りをコントロールしている肝にダイレクトに悪影響を与えますので、気の巡りの滞りから鬱症状を呈しやすくなると考えられます。更に、新年度の始まる時期は春という側面以外に、季節の変わり目でもあり、日によって寒暖の差が大きくなりやすく、このことが自然環境からくるストレスとして影響することも挙げられます。
ところで、ここ数年、五月病に限らず、鬱的な症状で相談に来られる若い人達の話を聞いていると、背景にストレスが存在する事に違いはないのですが、ストレスそのものの問題よりも、むしろストレスに対する抵抗力の弱体化の方に問題があると感じるケースが増えてきています。典型的な例を挙げれば、まず“気”の主な発生源である脾(胃腸)の機能が低下し、栄養面のバランスの悪さも重なって、“気”のエネルギーが不足していると同時に“肝血”の不足によって“気”の巡りをコントロールしている肝の機能も低下してしまっているというケースです。このような状態では、些細なことで“気”の巡りが停滞したり乱れてしまいます。
不安感が強くなって落ち込む場合は麝香製剤のような気付け薬が、焦燥感が強い場合は羚羊角製剤のようなものが効果的ではありますが、一時的に“気”の巡りが回復したとしても、些細な事をきっかけにして精神的、肉体的に体調を崩しやすく、なかなか完治することがありません。
“ひよわ”になった日本人
このようなストレスに対する抵抗力が弱体化しているのは、特に三十代以下の若い人に多く見受けられ、その根底にあるのは、胃腸機能の低下とその原因ともなっている食生活の乱れです。それも一時的なものではなく、子どもの頃から始まっており、それだけ根が深いというか、簡単には体質改善を見ないケースが増えてきています。
漢方の考え方では、胃腸、すなわち脾胃の機能として、飲食物の中から“気”“血”“水(津液)”のほか“精(後天之精)”を体に取りこむとされ、いくら栄養のあるものを食べたとしても脾胃の機能が低下した状態では“気”も“血”も更に“精”も不足してしまいます。特に成長期にこういった状況が続くと、胃腸そのものに栄養が回らなくなって、胃腸機能が慢性的に低下し、更にそのことが栄養物の吸収に支障をきたすという悪循環に陥ります。
西洋医学的にも、食品添加物などの影響で腸内細菌バランスが悪化するとミネラルが吸収されにくくなるほか、セロトニンなどの脳内伝達物質の合成に悪影響を与えて鬱的症状が発生しやすくなるとされています。また、近年の研究ではストレスはダイレクトに腸内細菌バランスを悪化させることも指摘されています。
先日来、スポーツの指導現場に於ける体罰が問題になっていましたが、指導する側はずっと同じようにしているつもりでも、指導を受ける側のストレス抵抗力が低下していることに気がつかなかったことで様々な問題を生じたのではないかと感じます。
栄養面だけで言えば、昔に比べて動物性たんぱく質の摂取量が増えて日本人の体格は大きくなりましたが、一方で脾をはじめとした五臓六腑は弱体化していると思います。因みに、“脾”が弱い事は、すなわち“ひよわ”であって、英語で言えばガッツ(はらわた=胃腸のこと)が無いわけです。