“食欲の秋”ですが、食欲ありますか?

 秋は気候も良くなり、穀物をはじめ様々な食材が収穫される時期でもあり、“味覚の秋”とか“食欲の秋”と表現されてきました。今回は、何気なく使っている「食欲」に関して、健康との関連性と、食欲がない状態が続くと健康面にどのような影響を及ぼすのかについて考えてみます。

 漢方ではどのような疾患であれ、食欲があるかどうかを確認することは重要な問診の一つとされています。これは、“後天の本”とも称される脾(≒胃腸)の働きが正常かどうかを推し量る項目の一つでもあり、食欲がないとなれば脾の機能が低下している可能性が高く、そのことが直接的または間接的に主訴や健康状態に影響していることが多々あるからです。

 現代栄養学的には、食べたものは食品中に含まれるカロリーやビタミン、ミネラルなども総て吸収されるという前提で話が進んでいるように思いますが、漢方では六腑の一つである胃に食べ物が入っても、脾が働かなければ食べ物から気、血、津液、後天の精をとりいれることに支障をきたすと考えられています。

気の不足はからだ全体の機能低下から、気のエネルギーによって流れている血や津液の停滞につながりますし、容易にストレスの影響を受けて気の流れが滞りやすくなることからストレス抵抗力の低下にもつながります。血に関しても、貧血気味だからと言って栄養を摂っても脾の機能が低下している状態ではなかなか血が増えません。更に、全身的に深刻な影響を及ぼすのが食べ物の中に含まれる最も濃厚な栄養素とでも言うべき後天の精が不足することです。

 精とは生命の根源物質のようなものであり、人間の成長発育、生殖能力、老化に深く関与すると共に、“精は髄を生じ、脳は髄の海”と言われるように骨や脳の健康状態に深く関与しています。よって、精の不足は、成長発育を妨げ、生殖能力を低下させ、老化を促進させます。教科書的には精の減少する原因は、房事過多や過労、加齢となっていますが、現代の日本においては食生活の不養生から飲食物の中から最も栄養の濃い部分を選別して精として取り込むという脾の機能が低下し、更に加工食品などを多食するといった栄養面の質の問題とも相まって、早い段階から精の減少傾向がみられる傾向にあります。具体的には20代、30代で骨密度が低い人達が増えているとか、40代、50代男性の男性ホルモンが60代以上の人達よりも低下しているといったデータなども発表されています。

 精の不足に対しては、古来、鹿茸が最も有効とされ、本草綱目にもその薬効として「生精補髄、治一切虚損」と記されていますが、上述のような胃腸機能の低下と食事に問題がある場合には、精を補うだけでなく、並行してこれらの改善も必要となります。もともと腎陽が虚した状態では、腎陽を元に発現するとされている脾の機能は低下しますので、鹿茸には脾の機能を高める人参が組み合わせられる事が多いわけですが、現代人に対しては、冷たいものを摂らないようにするといった基本的な食養生の指導も重要だということです。

 最後に、食欲のあるなしに関しては、聞き方に注意が必要で、普通に「食欲はありますか?」と尋ねて「はい」と答えたからといって、よくよく尋ねてみると単に一日三回は食べていますとか、時間がきたら食事はしていますというだけの事が多いです。本来“食欲がある”とは、食べたいという欲望がある事を指しており、一日三回食事の際に健康的な空腹感をもって食事をしている状態が「食欲がある」ということです。

 

 

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