青い春の“木の芽時”


 さて、春です。この時期のことを“木の芽時”とも言いますが、単に木々の芽吹きを指すよりも自律神経が乱れやすい季節というニュアンスを含んだ言葉として使われます。漢方的に解説すれば、春は五行説によれば「木」であり、五臓では自律神経と関係が深い「肝」になりますが、春は木が芽吹くように、肝気が活動を始める季節とされ、この時、ストレス(特に“怒”というタイプのストレス)を受けていたりすると、気の流れが乱れやすくなり、神経症状を始め様々な症状が顕在化しやすくなることを表しています。例を挙げれば、イライラする、反対に何もする気がしない、ため息が出る、ゲップやガス、おなかが張って苦しくなる、便がすっきり出ない、肩こりやこむら返り、まぶたや目の周囲の筋肉がぴくぴく震える、目が疲れる、手足の末端だけ冷える、女性であれば生理前の胸や脇の張り、生理痛が強くなるといったものから、血圧の変動が大きくなったり、高音性の耳鳴り、睡眠障害なども発生しやすくなります。因みに“怒”とは現代では“怒り”の意味ですが、この字の本来の意味は“奴”隷の“心”で、“自分ではどうしようもないことに対してイライラする”というタイプのストレスを指します。

対策としては、暖かい昼間に緑のある公園を散歩するなど、自然の中でからだを動かして体内の気の流れが滞らないようにすることや、食べ物で言えば気の流れを良くしてくれる香味野菜やミント系のもの(ミントや薄荷は薬膳的には‘辛い’とされ、発散する作用があるとされています)を摂ると良いようです。更に、金元四大家の一人である張従正が得意としていたカウンセリング療法では、五行の相尅関係から“怒”というタイプのストレスは “悲”によって和らぐので、患者を感情的に泣かせると良いとされています。一見無謀な方法のようですが、西洋医学的にも感情的に涙を流すことは体内で発生したストレス物質が涙と共に排泄されることが知られており、理にかなった方法といえます。私の店頭経験でも“怒”というタイプのストレスにさいなまれている方は、思いっきり泣くとスッキリするようですし、最近涙もろくなってきたという方は“怒”というタイプのストレスを受けていることが多く、これは一種の自己防衛反応のような気がします。因みに、五行説では肝の液はやはり「涙」です。

漢方処方としては特にこの時期は四逆散の出番が多くなりますが、もともと胃腸が虚弱な方にストレスが影響した場合には小建中湯の類や苓桂甘棗湯が有効です。また、最近マスコミによくとりあげられている漢方薬に肝気の高ぶりを抑える抑肝散がありますが、江戸時代の水戸藩の御殿医であった本間棗軒は、好んで抑肝散に羚羊角を加えて使っていたという記録が残っています。御殿医という立場であればこそ、高貴薬の羚羊角を使うことができたものと思いますが、肝気が高ぶりやすい季節、羚羊角の使い方に大いなるヒントになると思います。

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