白身の魚(中国では淡水魚の桂魚などですが、写真はスズキ)やジュンサイの入った羹(あつもの)~とろみのあるスープです。
この料理、今から800年くらい昔の南宋時代に宋五嫂と呼ばれる老婆がひどいかぜを引いた弟のために考案し、時の南宋皇帝に絶賛され有名になったという逸話のある杭州の名菜です。
高タンパク低脂肪で、なによりもおなかを温め、かぜに限らず病気に対する自己回復力を強める効果が期待できます。
さて、羹(あつもの)といえば、「羮(あつもの)にこりて膾(なます)を吹く」という慣用句が思い浮かびます。2000年以上前の中国の戦国時代の「楚辞」にある「熱羮に懲りて韲(あえ:生の野菜を和えたもの)を吹く」が元になっているそうですが、現代人がイメージする中華料理とは違って、当時は羮(あつもの)や膾(なます:生の魚や肉の和えもの)など現代の和食のようなものが一般的なメニューだったということです。
実際に、中華料理の変遷をたどっていくと、現在の“一般的な”中華料理の原形ができたのは大雑把に言って清朝以後のことで、その歴史は意外と浅いものです。また、清朝の時代でも宴会などでは豪華な料理が出たかもしれませんが、皇帝といえども日常的な食事は(考えてみれば当たり前かもしれませんが)からだに負担とならないシンプルなメニューが主体だったそうです。