本書は「江戸時代の食育本「和歌食物本草」を薬膳の視点で読み解く」と帯にあるように、江戸時代初期に日常の食材の効能について和歌形式で詠まれた「和歌食物本草」をもとに、数十種類もの食材について薬膳的に解説したものです。
江戸時代の初期にそういった書物が庶民のあいだに流布していたことは驚きですが、それ以上に難しい中国の本草書を誰でも口ずさめるように和歌の形式にするという才覚に敬意を表します。
具体的には「にんじん」については「人参は朝夕食し 益ぞある 五臓補ふ ものと知るべし」といったような感じですが、それぞれの食材の持つ「性質」について平易に述べられています。こういったものの見方というのは、現代的な感覚からすれば頼りないというか信頼性に欠けるような印象を持たれるかもしれませんが、食べ物を物質としてだけ捉えて、栄養成分やカロリーの計算に明け暮れている現代栄養学が見落としている点でもあります。
本書でも著者の薬膳研究家である武鈴子さんが解説されていますが、食べ物には陰陽五行理論にもとづく性質というものがあり、その人の体質により、また同じ人でも季節によりからだの状態は変化していくので、それぞれの季節に応じて適切な食べ物を摂ることが重要であるという事です。これは何も難しい話しではなくて、昔からその季節に食べられてきたものを中心に食べていればよいということです。自然に任せるという意味ではなく、何万年もの歴史の中で、からだによいものだけが淘汰されてきた結果であると言うことです。
そう考えると、今の日本の「不幸」は世界中の食べ物が入ってきたことや、ハウス栽培などが一般化して野菜や果物の季節感が無くなってきたことも影響しているように思います。
(著者:武 鈴子、家の光協会発行、2008年8月)