巳年に寄せて

今年は巳年です。巳=蛇というと忌み嫌う方も少なからずおられると思いますが、古来、人類にとってヘビはその姿かたちや毒をもつものもあることから恐怖の対象でもあり、一方で生命力が強く、脱皮を繰り返し、そのたびに新たに生まれ変わることから死と再生の象徴ともされ、世界各地で崇められる存在でもあります。

中国においては、伝説上の三皇の一人に挙げられる伏羲は女媧とともに大洪水を生き残った人類の始祖とされていますが、古来、伏羲と女媧を描いたものは、どちらも上半身は人間で下半身は蛇の姿となっていますし、四神のひとつである玄武も尻尾は蛇です。また、蛇は海と山に千年ずつ棲めば龍となるという言い伝えもあり、中国においては畏敬の念の対象でもあります。

インドにおいては、釈迦が悟りをひらく際に釈迦を守護したとされるのがナーガとよばれるコブラのような大蛇で、仏法の守護神として知られています。また、古代エジプトにおいても蛇は神聖視されており、コブラが鎌首を持ち上げた姿は王権のしるしとして用いられ、有名なツタンカーメン王の黄金マスクにもあしらわれています。

日本においても特に白蛇は弁財天の使いとして富をもたらすとされるほか、地方によっては水神として祀られたりもしています。西洋世界では、聖書の中で堕天使の化身である蛇がイブをそそのかして禁断の木の実を食べさせたことから、キリスト教社会では蛇は邪悪なものとしてとらえられることが多いですが、それでも蛇は動物の中でも知恵のあるものとして認識されています。また、ギリシャ神話で医神とされるアスクレピオスが手にしている杖には蛇が巻きついており、死と再生の象徴である蛇は医療の分野においても超自然的な力の象徴とみなされてきました。因みに、このアスクレピオスの杖は世界保健機構(WHO)の紋章にも採用されています。

薬としての蛇

日本においても古来、蛇は薬用として用いられてきました。平安朝初期に成立した現存する最古の医学書である『大同(だいどう)類聚方(るいじゅほう)』にマムシと津蟹、鹿角を黒焼にして粉末にしたものが伯州散として収載されており、いつまでも治りきらない慢性の化膿性皮膚疾患に用いることが記されています。また民間薬としてもマムシやハブを焼酎につけたものが滋養強壮目的で用いられてきたほか、マムシの脂を練りこんだ軟膏は現在でも使われています。

中国において蛇は食用にもされ、主に広東料理で冬の寒い時期に滋養強壮目的で蛇肉を入れた羹(あつもの)が食べられています。薬用としては蛇のぬけがら(蛇退皮)は、解毒消腫の目的で皮膚化膿症に外用で用いられるほか、菊花や金銀花などともに目の充血などに内服で用いられます。そのほか、アオハブなどの内蔵をとりだして皮をはいで乾燥させたものを反鼻といい、解毒や強壮目的で用いられてきました(日本における反鼻はマムシが代用として用いられます)。さらに、猛毒を持ち、噛まれれば百歩も歩かないうちに命を失うことから名づけられた百歩(ひゃっぽ)蛇(だ)の内蔵を除去して乾燥したものを白花蛇といい、去風湿・通経絡の薬効があり、神経痛や関節痛、筋肉のこわばりに用いられます(同じ目的で烏梢蛇なども用いられます)。また、蛇の胆嚢を乾燥させたものが蛇胆で、清熱解毒、化痰鎮痙作用があるとされ気管支炎や百日咳に用いられています。

現代医学においても、ACE阻害薬として世界で最初に開発されたカプトプリルは、南米に生息するハララカアメリカハブという蛇の毒から得られたものです。

以上みてきたように、蛇は古くから医療の分野でも、人とのかかわりが大きい生きものといえます。

 

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