諸風掉眩(しょふうとうげん)、皆肝に属す
春は“肝”の季節ですが、この季節はからだの中で“風”が発生しやすくなります。気象因子(六気)としての“風”は外風などとよばれますが、からだの中で発生する“風”は内風と呼ばれ、五臓の“肝”が関係します。症状としては木の葉が風に吹かれてゆれるように、まぶたや手足の筋肉がけいれんしたり、頭痛やめまいなどの症状があらわれます。
内風の発生パターンとしてはいくつか挙げられますが、日頃からストレスフルな方(“肝鬱気滞”)に更に強いストレスが加わって“肝鬱化火”と呼ばれるような“火”を生じ、その火が“風”を発生させるパターンや、血が不足しがちな方で肝血不足から肝陰虚となって相対的に余った陽から風(“虚風”)が発生するパターンが代表的です。前者では「怒りに体を震わせる」ようなイメージですが、必ずしも顔を真っ赤にしてというわけでもなく、一見すると冷静に見えることもあります。後者のパターンは、慢性的に胃腸機能が低下して血が不足気味な方が多い現代日本人に多く見受けられ、ちょっとしたストレスでも内風が発生しやすくなります。症状としては、緊張すると手が震えるとか発声がうまくできない(声が震えたり、ろれつが回らないなど)、まぶたの痙攣や頭のふらつき、寝つけない、睡眠が浅いといった症状や、昔から胃腸が弱い小児に多く見られるとされていますが、歯ぎしりやイライラして気持ちが落ち着かないといった症状を呈します。そのほかのパターンとしては、老人に多いパターンとして、腎陰虚から肝陰虚になることで風が発生しやすくなり、足がつりやすくなったり、理由もなくそわそわして落ち着かない、人によっては眼圧や血圧が高く変動しやすいといった症状がみられます。因みに、このタイプの老人が認知症になると、徘徊したり暴言や暴力傾向が強くなります。また、女性の更年期障害も腎陰虚をベースに肝鬱(ストレス)の存在がありますので、内風が生じやすくなります。あと、インフルエンザなどで高熱を発した際に熱邪が気分から営血にまで達して肝陰に影響し内風が発生すると、ひきつけや痙攣を生じやすくなります(熱極生風)。
以上が古典的な内風の発生パターンですが、現代社会ならではの要因としてスマホやタブレットの普及が挙げられます。本稿の3月号でもふれましたが、幼少期よりこれらの機器に触れる機会が多くなるとADHD(注意欠如多動性障害)になるリスクが高くなるばかりか、大人でも頻繁にスマホを利用しているとADHD様の症状を呈しやすくなります。ADHDの主な特徴である多動性とは内風の症状であり、目から入るブルーライトなどの過度の刺激が目とつながっているとされる五臓の肝にダメージを与えて内風が生じているととらえられます(肝鬱化風)。
内風には平肝熄風薬
さて、体の中で発生する風に対しては平肝息風薬とよばれる生薬が用いられます。日本で高血圧によく用いられる釣藤散や小児の夜泣きや神経症に用いられる抑肝散に含まれる釣藤鈎や、めまいなどに応用される半夏白朮天麻湯に含まれる天麻などのほか、動物性生薬ではアワビの殻である石決明や、日本でも昔から小児の熱冷ましに用いられてきた地竜などですが、中でも高貴薬として古来用いられてきたのが羚羊角です。羚羊角の薬効としては、性味が「鹹、寒」で、帰経としては「肝、心、肺」となっており、効能として「涼肝熄風」「瀉火明目」「散血解毒」の三つが挙げられています(寒性とはいえ、近世の名医である張錫純は、その著書「医学衷中参西録」において、「羚羊角の薬性は平に近く微涼にすぎない」と記しています)。また、羚羊角の特徴の一つに、神農本草経に「心を安らかにしてストレス性の睡眠障害に効く(「安心氣常不魘寐」)」と記されているほか、本草綱目には“安魂”作用があると記されており、一般的な熄風薬よりも精神安定作用や睡眠改善作用に優れています(本草綱目には羚羊角の薬効として、“小児驚癇を治す”、“平肝舒筋”などの効能も挙げられています)。