長引くコロナ禍の影響で“コロナうつ”とよばれるストレス状態にある方が増えています。“うつ”は漢字で“鬱”と書きますが、この字は、“お酒の入った大きな甕(かめ)に香りの良い薬草を入れて蓋をした状態”の象形で、“気”が停滞して流れない状態をあらわしています。漢方では全身を“気”がよどみなく流れている状態が健康には欠かせないとされていますが、“気”の流れが滞ることは様々な精神的および身体的な症状につながります。また、“血”や“津液(水)”も“気”によって全身に運ばれるので、“気”の流れの停滞は“血”や“津液(水)”の流れにも影響し、全身の健康状態に大きな悪影響を及ぼします。約2000年前に記された黄帝内経には「百病は気より生ずる」と記されており、日本語でも “病気”とは、“気”を病むと書きます。因みに、この黄帝内経の言葉は“病は気から”の語源でもありますが、一般的にはニュアンスが少し異なって使われています。
鬱怒傷(うつどしょう)肝(かん)
漢方では一口に精神的ストレスといっても、喜・怒・憂・思・悲・驚・恐の七つをあげており(七情)、これらが過剰になったり長期間にわたって影響することで、人体の生理的な許容範囲を超えると臓腑や気血のバランスが失調して発病するとされています。今回のコロナ禍によるストレスは、七情の中でも“怒”とよばれるストレスの影響が日本全体を覆っているように思います。“怒”は五臓の「肝」と関係が深く、“怒は肝を傷(やぶ)る(“鬱怒傷肝”)”とされ、「肝」がコントロールしているとされる“気”や“血”の巡りが悪くなります。
“気”が滞ると、“肝(かん)気(き)鬱結(うっけつ)”とか“肝鬱気滞(かんうつきたい)”とよばれる状態になり、気分が塞いで、何もする気がしないといった精神状態になりやすく、または、イライラしたり、ため息が多くなったりするほか、胃腸の蠕動運動が乱れてガスやゲップがでやすくなるほか、“肝は筋膜をつかさどる”とされ、全身の筋肉が硬くなったり、痙攣を起こしやすくなります。また“血”の停滞(気滞血瘀(きたいけつお))は頭痛(側頭部痛)や生理痛、生理不順などの原因となるほか、末梢の血流も悪くなります。そのほかにも、気が上りやすくなり目の充血や頭痛(特に側頭部痛)などもおこりやすくなります。
因みに、“怒”という字は現代では“怒り”という意味で用いられますが、本来は“奴(奴隷)”の“心”を指し、奴隷のように自分の思い通りにならないことに対してイライラするという状況をあらわしています。
肝鬱気滞に用いられる漢方処方
“肝鬱気滞”には、逍遥散が基本的に良く用いられますが、“気滞化火”してのぼせ症状などを伴う場合は、逍遥散に余分な熱をさます作用のある牡丹皮と山梔子を加えた加味逍遥散が用いられます。日本ではどちらも生理不順などの“血の道症”を中心に用いられる傾向がありますが、中国では男女を問わず用いられています。また、ストレスの影響でおなかの張りなどの消化器症状が中心の場合(“肝脾(かんぴ)不和(ふわ)”)は、四逆散が用いられます。逍遥散も四逆散も“肝鬱気滞”に対して“疏(そ)肝(かん)解(げ)鬱(うっ)”作用のある柴(さい)胡(こ)を含むのが特徴です。
また、日頃から“気”の主な発生源である胃腸が虚弱な方は、ストレス抵抗力が弱く、“気”が滞りやすくなりますが、そのような方がストレスの影響で胃がきゅっと痛くなるといった症状を呈するときは“肝脾不和”ではなく“脾虚肝乗(ひきょかんじょう)”とよび、桂(けい)枝(し)加芍薬(かしゃくやく)湯(とう)や桂枝加芍薬湯に膠(こう)飴(い)(麦芽糖)を加えた小建中湯などの適応になります。小建中湯の適応症のひとつに“小児虚弱体質”が挙げられていますが、小児専用の処方というわけではなく、漢方では小児は基本的に胃腸が弱いことを前提にしているためで、大人でも胃腸が弱い方には繁用されます。
いずれにせよストレス性の症状は五臓の“肝”がキーワードになることが多いですが、五行説では“肝”の季節は春であり、春はストレスの影響が強くでますので、普段からストレス性の症状がある方は春を迎えるまでに体調を整えておくことが肝要です。