腎機能と認知機能の関係
今年の9月にアメリカのノースウェスタン大学の研究チームによって、若いうちから腎機能が低下していると、中年期以降になって認知機能が低下するリスクが高いことが発表されました。同研究チームによると若年成人の冠動脈疾患リスク因子を長期間追跡したデータを用いて、2604人を対象に解析したところ、30代で腎機能が低下し始めた場合では、20年後の認知機能テストの成績が実年齢より9年もの加齢的変化に相当するほどの差が出たそうです。
認知機能は脳の機能であり、漢方的には脳は腎精から生じる“髄”の海であることから、認知機能の低下や認知症のベースには腎虚(腎精不足)があると考えますが、今回の研究報告からは一般的に若いと思われる年代から補腎をする意義のあることがわかります。漢方の考え方では、人間の老化とは腎精が減少していく過程のことであり、腎のパワーは30歳前後でピークを迎えて、それ以後は衰えていきます。このため、特に病気でなくても30歳を過ぎたあたりから六味地黄丸などの補腎薬を保健薬的に服用するのが良いと考えられています。また、補腎薬を服用しないまでも日頃から“精”のつく食べ物を摂ることで“腎精”を保持することが老化予防につながりますので、中国料理の世界ではフカヒレやナマコ、魚の浮き袋など動物性の精を補う食材が珍重されています。
日本人は腎臓が弱い!?
ところで3年前に日本とオーストラリアの共同研究チームによって、日本人は血液中の老廃物を濾過(ろか)して尿を作る組織であるネフロンの数が欧米人にくらべて少なく、腎臓の機能が弱いことが明らかにされています。具体的には、1個の腎臓に存在するネフロンの数は欧米人では90万個であるのに対して、日本人では、健康な人で平均64万個しかなく、高血圧患者では39万個、慢性腎臓病患者では27万個しかなかったというものです。日本人の腎機能が弱い原因としては、欧米人にくらべて体格も腎臓も小さいためだそうで、同研究チームの東京慈恵会医科大学の神崎剛助教によると、ネフロンの数は出生時に決まっており、近年増加傾向の低体重で生まれる赤ちゃんは、特に生活習慣に気をつけ、腎機能を継続的に調べる必要があるとのことです。
体が小さければ尿の生成を通じて血液成分の調整や毒素の排泄を行うためのパワーも少なくて済むわけで、体の大きな欧米人よりネフロンの数が少ないことが直ちに健康状態に影響するとは考えられませんが、老化に伴って動脈硬化の進行や薬剤の副作用などで毛細血管の塊のようなネフロンがダメージを受けることを考えると日本人は腎機能低下のリスクが高いといえます。実際に日本人では欧米人に比べて慢性腎炎の患者数が多いとされ、20歳以上の8人に一人は慢性腎臓病とされています。
腎精の補い方
さて、“腎”の老化を予防するためには、腎精を補うことが重要ですが、特に若い間は飲食物の最も栄養の濃い部分を精としてからだにとりこむ脾の働きが重要です。いくら精を多く含む食材を摂っても脾の働きが低下していると精は取り込めません。また、中年以降では瘀血の予防もしくは改善も重要になってきます。もともと腎臓は毛細血管が多く、瘀血により機能低下しやすくなるほか、腎臓はリンの排泄にも大きく関わっており、腎機能低下により体内でリンが過剰になると血管の石灰化がおこりやすくなって更に動脈硬化が進みます。また、高齢者では“腎精”は骨密度や脳の健康状態にも直結するため、積極的に“血肉有情之品”とよばれる鹿茸や亀板などを摂ることが必要になります。ただし、食品から“精”をとりこむ胃腸機能が低下していることが多いので、同時にそれらに対処する必要があります。
その他、認知症に関しては、脳にたまった老廃物は深い眠りであるノンレム睡眠時に洗い流される事がボストン大学の研究で知られているほか、スウェーデンの研究では20代の若者であっても一晩徹夜するだけで血中のアミロイドβなどのタウタンパク質が17%も増加するとされ、認知症の予防には若いときからぐっすり眠ることが重要です。