秋の夜長と睡眠
“睡眠の秋”という言葉もあるように、日に日に夜も長くなってくるこの季節はぐっすり眠るには最適の季節とされています。世界で最も睡眠時間が短いといわれる日本人ですが、それだけにぐっすりと深く眠ることは健康維持に欠かせません。現代医学では睡眠中の脳波からみると、深い眠り(ノンレム睡眠)と浅い眠り(レム睡眠)を交互に何回か繰り返して朝を迎えるとされていますが、特に深い眠りであるノンレム睡眠が十分に確保されることが重要で、これは深い眠りであるノンレム睡眠の時にしか成長ホルモンが分泌されないからです。成長ホルモンは名前の通り子供の成長に直結するホルモンですが、成人してからも免疫や生殖能力、骨密度からお肌の健康状態などに大きく影響することがわかっており、成長ホルモンが十分に分泌されないと肉体的にも精神的にも健康状態を維持することが難しくなってきます。
さて、ぐっすりと眠れない、すなわちノンレム睡眠の時間が短くなる要因としては、第一に精神的なストレスの影響が挙げられます。肉体は休んでいても脳が半分起きているようなレム睡眠時は夢を見る時間帯でもあり、ストレスの影響で夢にうなされたりしていると、なかなか深い眠りにはいることができなくなるばかりか、ちょっとした物音などに反応してはっと目が覚めたり、あるいは精神的な緊張から尿意をもよおしたりして、夜中に何度も目が覚めるような状態になります。レム睡眠時の過度の興奮というか、悪夢にうなされるほどでなくても夢ばかり見ているような状態では、ノンレム睡眠の時間が減ってしまい、何時間寝たとしても疲れがとれなくなり、そのことがストレス抵抗力を低下させ、夜になるとまた、ぐっすり眠れないという悪循環に陥りかねません。
現代医学でもなぜ夢を見るのかについては完全に解明されてはいませんが、簡単にいえば脳内の配線の最適化に伴うノイズのようなものだとされています。また、夢を見ないという人でもレム睡眠中にはなんらかの夢を見ており起床時にそれを忘れてしまっているだけだそうです。楽しい夢なら良いですが、潜在意識の中の不安や焦りが引き金となって緊張を強いられるような夢をよく見るようになると、眠りの質の低下から昼間の様々な愁訴の原因ともなります。
夢は魂の交流
ところで、いにしえの人々にとって夢を見るということは、寝ている間に魂が肉体を抜け出して他の魂と交流することだと考えられていました。日本でもかつて流行した「夢で逢いましょう」や「夢で逢えたら」といった名曲の詩にも通じるところがありますが、夢の中では時空の制約を超えて魂が自由に行き来する事ができるという考え方です。
ただし、楽しい夢なら良いのですが、昔は恐ろしい夢を見ることは現代からは想像できないほど恐怖を覚えるものでした。なぜかというと、肉体を抜け出した魂が邪鬼などにとらえられたりすると、最悪の場合は魂が肉体に帰ってこられなくなって死んでしまうと考えられており、一度でも悪夢にうなされるようなことがあると、そのこと自体が大きなストレスとなって、更に眠れなくなって体調を崩すことが多かったと思われます。
約2000年前に記された神農本草経には麝香の薬効として「人を傷害する悪気を避けさせ、幽霊やもののけのたたりを殺してしまう作用がある」とか「久しく服せば、人に悪い影響を及ぼす邪気を取り除き、夢寤・魘寐 しない、つまり、夢を見ていて飛び起きたり、寝ていて悪夢にうなされたりしなくなる」と記されているのは、寝ている間に魂が邪悪なものに遭遇するのを避けさせることによって安眠できるようにするということです。
現代医学的に解釈すれば、レム睡眠中の神経の過度の興奮を抑えて睡眠リズムを調えるということですが、過度の興奮状態のみに作用する点は現代医薬にない特筆すべき効能といえます。