“超”少子高齢化社会
ここ数年前から医療現場だけでなく、様々な分野で日本の少子高齢化問題がとり上げられています。日本人の平均寿命は男女とも八十歳を越え世界のトップクラスで、それはそれでおめでたいことに違いはないのですが、昨年の五月に国連が発表した世界保健統計によると、全人口に占める六十歳以上の人口比率は調査対象の一九四カ国中、日本は三二%と二位のドイツを五ポイント引き離してのダントツの一位、十五歳以下の人口比率は十三%でドイツ、カタールと並んで同率の最下位となっています。
また、女性が一生の間に何人の子供を産むかという合計特殊出生率では、理論的に人口を維持するのに必要とされる二・0九を大幅に下回る一・四前後というのが現状で、内閣府の見通しでは、二0六十年には日本の人口は今より四千万人程度減少するとしています。
こういった少子高齢化問題に関して、経済的な問題が背景にあるとか、このままでは社会保障や年金制度が行き詰まるといった議論が盛んですが、日本の社会が何故そうなったのかという点についての決定的な答えは見つかっていませんし、当然ながら有効な解決策も見いだせないのが現状です。
生物学的な見地からは、食料や医療などが充実した社会に於いては長寿化が進むとともに、生物種としての危機感が薄らいで、子孫を残そうという意欲が低下するという社会心理学的な意見もありますし、カリフォルニア大学のマイケル・ローズ博士の行った実験では、人為的にショウジョウバエの生殖開始時期を遅らせると、世代を重ねるうちに寿命が延びたということから、生物の集団では個体の長寿化と若年層の生殖能力の低下に何らかの因果関係があるとする意見もあります。
いずれにせよ、長寿と子孫を残すことは人間というか生物としての本能であり、漢方から見た場合、このふたつの事に直接的に影響を与えるのは、言うまでもなく五臓の“腎”であり、“精”という生命の根元物質とでもいうべきもののパワーです。すなわち、女性の高温期不全や男性の精子の減少などは腎精の不足が問題になりますし、中年以降では腎精の不足は早期の老化現象や免疫力の低下に直結します。特に日本の場合、日常生活に制限のない期間である健康寿命は平均寿命よりも十年前後短く、高齢者の健康寿命をのばす為にも精の減少をいかに食い止めるかが課題になります。
亀鹿二仙膠
現代の日本で腎精が不足する原因としては、若い世代では食生活の不節制をベースとした胃腸機能低下であり、ジャンクフードなど食べ物そのものの問題と、食べ物の中から最も栄養の濃い部分を後天之精として取り込む胃腸機能(五臓の脾の機能)の低下が腎精の不足に直結しているパターンが多く見受けられます。このようなケースでは、まず初めに食事内容の見直しや胃腸機能の回復をはかることが必要になりますが、補腎という観点からは特段冷えがきつい(腎陽虚)とか、ほてりが強い(腎陰虚)ということがなければ、穏やかに腎精を補うことで生殖能力だけでなく全身的な虚弱性を回復させることができます。また、高齢者に関しては基本的に健康であったとしても腎の陰陽両虚となっていると考えられますので、腎の陰陽双方を補うようなものが必要になります。
このような治療というよりも精や気血を充実させる目的で用いられる処方としては、動物性生薬の鹿の角と亀板(イシガメ科のクサガメなどの腹甲)に、人参と枸杞子を加えた亀鹿二仙膠という処方が有名です。本処方は、明の時代の医方考を出典とするものですが、穏やかに腎精を補い、腎の陰陽ならびに気血を充実させるもので、少子高齢化社会の日本人にとって生殖能力の向上と高齢者の健康寿命をのばす保健薬的なものとして適した処方といえます。