“中国国家級保密処方”~六神丸

六神丸の歴史 

 六神丸は日本でも馴染みのある処方ですが、中国で六神丸といえば“雷氏六神丸”が最も有名です。雷氏とは十八世紀清朝の時代に蘇州で誦芬堂という薬店を開いた雷允上という人物のことで、雷允上自身も医師として診療しつつ、くすりの販売を行っていたところ評判が良く誦芬堂は順調に発展していきます。その後、太平天国の乱を契機に一八六0年に雷氏一族は上海に店を移し、一八六四年に六神丸が発売されます。  

六神丸はその優れた効果から“霊丹妙薬”と称されるほど評判を呼び、やがて同店は上海四大中薬店の一つに数えられるようになります。その後も、戦争や文化大革命などの混乱期を乗り越え、現在は雷允上薬業有限公司として六神丸以外にも多数の製剤を製造販売する大企業となっており、二00八年には同社の伝統的な六神丸製造技術が、国家級非物質文化遺産に指定されています。

 この雷氏六神丸の処方構成は、蟾酥、牛黄、麝香、竜脳、真珠、腰黄(硫化砒素鉱である雄黄の一種)の六味からなり、神効があることから六神丸と名付けられたとされています。また、効能としては清涼解毒、消炎止痛で適応症としては猩紅熱(溶血性連鎖球菌による感染症)、扁桃炎、咽喉腫痛、ジフテリア、丹毒(化膿性連鎖球菌による皮膚の化膿性炎症)、腫れもの、暑気あたり、腹痛などに内服または外用で用いられます。因みに、用量としては成人一回十粒、一日三回となっています。

 六神丸は動悸、息切れ、きつけの薬というイメージが強い日本の感覚からすると違和感を覚えますが、中国では、歴史的にも蟾酥自体が腫れものに効くというイメージが強く、宋の時代の太平聖恵方をはじめ歴代の医書には雷氏六神丸と似た処方(蟾酥丸や麝香蟾酥丸など)が収載されていますが、効能としては、やはり腫れもの等に内服もしくは外用で用いられていたようです。日本でも、昭和の中頃までは六神丸の適応症として盗汗、胃腸病、風邪、小児五疳なども記載されていたようですが、日本の六神丸は主成分の蟾酥や牛黄などは共通ながら、その他の構成生薬はメーカーによってもまちまちで、雷氏六神丸と同じ処方構成のものは製造されていません。

 

雷氏六神丸の臨床応用

 さて中国では雷氏六神丸は国宝級のくすりであるとして、安宮牛黄丸などと共に“国家級保密処方”のひとつに数えられているそうですが、中国に於いて従来から使用されてきた扁桃腺炎や腫れもの以外の疾患に対しても臨床研究が進んでいます。中国で出版されている「難病奇方系列叢書 六神丸」(中国医薬科学出版社)という本によると、日本ではお馴染みの心臓病(狭心症などの心絞痛や心機能低下)をはじめ、急性の気管支喘息に対しても速効性があるとされるほか、鼻炎や頭痛、全身倦怠感を伴う普通の感冒に対して、六神丸と補中益気湯の併用で解熱鎮痛剤と抗ヒスタミン剤が配合されたかぜ薬を服用するよりも有効率が有意に高いという治験例や、B型慢性肝炎に茵陳との併用、潰瘍性大腸炎に対して参苓白朮散を内服で併用しつつ、六神丸を粉末にして白湯で溶いたものを浣腸するといった治療法、胃癌や食道癌、白血病、顔面神経痛、子宮内膜炎などへの六神丸単独もしくは他剤との併用例など、六神丸の様々な応用例が紹介されています。このほか、中国では化膿性のニキビや麦粒腫などにも六神丸が応用されているそうです。

 また、六神丸のマウスなどを使った基礎的な薬理研究では、抗炎症作用、鎮痛作用、強心作用、抗腫瘍作用、白血病に対する効果、マクロファージの貪食能を高める作用などが確かめられています。

 というわけで、中国に於ける雷氏六神丸の現実を知れば、日本に来た中国人観光客がこぞって六神丸製剤を買って帰る理由がわかるような気がします。

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