心が痛むと腰も痛む?

非特異的腰痛とストレス

  厚生労働省の研究班によると日本で腰痛に悩む人は二千八百万人にもおよび、四十代から六十代では四割近くが腰痛に悩まされているそうです。また、腰痛をうったえる人の8割以上は骨折など明らかな病変が見つからない非特異的腰痛、簡単にいえば原因不明とのことです。

  このような原因不明の痛みに関しては、ストレスによって痛みを感じやすくなる事(痛みの閾値)が古くより知られており、ストレスが影響しているとする説や、非特異的腰痛患者の多くで脳内血流量の低下が見られ、脳の活動が低下している事が関係していることなどが指摘されてきました。また、米国のノースウエスタン大学から脳の側坐核と呼ばれる部位の活動が低下している事で痛みを強く感じているとする研究発表がなされ注目されています。脳内にある側坐核という部位は痛みの信号を感受して鎮痛物質(脳内モルヒネ)を放出する指令を出すところとされ、慢性的なストレスにより側坐核の活動が低下することが鎮痛物質の分泌を妨げ、痛みを感じやすくさせていると結論付けられています。要するに、痛みを感じていること自体がストレスである上に、原因不明と言われることで更なるストレスを感じ、痛みをより強く感じるという悪循環に陥ってしまうわけです。反面、側坐核は快楽との関係も深いために、自分が楽しいと思えるような行動を積極にとることで痛みを感じにくくなるとされ、腰痛の臨床現場でもこのような認知行動療法が推奨されています。

 

逆プラセボ効果?

  漢方では痛みに関して“不通則痛”または“不栄則痛”の二つの機序が知られており、いずれにせよ“気”の流れが悪くなることで痛みが発生するとされています。腰痛に関してもレントゲン写真で多少背骨が曲がっていても“気”が流れていれば痛みを感じないとされています。また、腰は腎の外腑というくらいで高齢者では腎虚との関連性が強いものの、それより若い世代ではストレスによる筋肉の緊張や、脾虚(胃腸機能低下)などによって筋力が低下して発生することが多いです。

  腰痛にかぎらず痛みに用いられる漢方処方には気血の流れを改善する作用があるわけですが、背景に長期にわたるストレスを抱えていて“気鬱”や“気滞”という状態にある場合には、痛みに用いられる一般的な処方以外に麝香や牛黄などにより“気”のつまりをとることも有用だと思います。即ち側坐核と痛みの関連性を考えた場合、麝香や牛黄など開竅作用のある生薬には側坐核を活性化する作用もあるのではないかと推測されます。因みに麝香に関しては外用しても痛みをとる作用があるとされ、麝香虎骨膏という神経痛に用いられる湿布剤が知られています。

  尚、側坐核に関しては以前よりプラセボ効果との関連性が指摘されており、側坐核の活性度の高い人ほどプラセボ効果が大きいそうです。また、報酬に対する期待が大きくなるほど側坐核は活性化するそうで、逆に言えば非特異的腰痛などでは逆プラセボ効果とでもいうような事が影響しているように感じます。

  よくよく考えてみれば、相談薬局を訪れる方は西洋医学的な治療で効果がなかったり、本人は苦しんでいても検査データで異常が見つからないといった方が多く見受けられ、このような方は非特異的腰痛以外でも逆プラセボ的な状態に陥っている可能性が高いといえます。また、こういった患者さんを前にして話を良く聞いて信頼を得ることや、初めに麝香製剤や牛黄製剤で“気”のつまりをとって症状が少しでも楽になることを実感してもらうことが、その後の治療効果にも大きく影響する筈です。更に付け加えれば、こうした対応は昨今問題になっている医薬品のネット販売では不可能なことでもあり、対面販売を中心とした相談薬局としての特色を出すためにも必要なことだと思います。

 

 

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