おなかをこわすと脳にも影響する?

脳腸相関について

  日本の夏は気温もさることながら、湿度の高いことが健康状態に悪影響をおよぼします。漢方では“脾は湿をきらう”とされ、湿気は“後天之本”とされる“脾”(胃腸)の機能を低下させます。また、湿気とともに胃腸機能を低下させる冷たいものをとる機会も増えて、夏は腸内細菌バランスが悪化しておなかをこわすことが多くなります。腹痛や下痢といった症状はそれだけでも不快なものですが、腸内細菌バランスの悪化は便通の問題にとどまらず脳にも影響することがわかってきました。

 近年、脳腸相関とよばれる分野の研究が進んでおり、脳と腸はお互いに信号を出し合っており、精神的なストレスがダイレクトに腸内細菌バランスを悪化させることや、腸内細菌が分子レベルの信号を脳に送っている事なども解明されています。つまり、精神的なストレスや食生活の不摂生などから腸内細菌バランスが悪化すると、腸管からの食品中のミネラルの吸収効率が低下するばかりか、腸内細菌によるセロトニンやドパミンの生成に悪影響が生じることで脳内の神経伝達物質が減少してストレスの影響を受けやすくなるほか、腸の不調は意識レベルまでの強さが無くても情動に影響を与えうるとされています。最新の研究では、幼少期に於ける腸内細菌バランスの善し悪しが脳の発達にまで影響を与えているともいわれています。

 もともと日本は湿度が高く、それゆえ生活の知恵として発酵食品を多く摂って腸内の細菌バランスを維持してきた歴史があります。ところが、近年、食の欧米化とともに味噌や糠漬けといったものが食べられなくなっただけでなく、加工食品を通じて保存料と称される細菌の増殖を抑制する物質を始め多くの化学物質を日常的にとることで腸内細菌バランスが悪化してきており、そのことが若い人を中心にうつ病やアレルギー疾患の増大につながっているとの指摘もあります。

 

漢方から見た脳腸相関

 さて、漢方の立場から脳腸相関を考えてみると、まず精神神経活動をつかさどる五臓の“心”は六腑の“小腸”と表裏の関係にあるほか、人間の本能的な情動と関係の深い“魄”は五臓の“肺”に宿るとされ、“肺”は “大腸”と表裏の関係にあります。したがって、小腸や大腸に於ける細菌バランスの善し悪しが“心(こころ)”や“魄(本能的な情動)”と関連しているとする現代医学の知見に関しては納得できるところです。

 特に“魄”に関しては、黄帝内経に「精と並んで出入りするもの」と記されており、無菌状態の胎児が産道を通るときに初めて腸内細菌に“感染”することや、肛門のことを“魄門”と称し、“魄”は人が亡くなると体内から抜け出て地中に入り“塊”となるとされることなどから腸内細菌との関連性を強く感じます。また、類経に「魄の用を為すや、能(よ)く動き、能(よ)く作し、痛痒はこれに由(よ)り覚(さと)す也」とあり、これは表皮を構成するケラチノサイトの機能を連想させますが、皮毛をつかさどるのは“魄”の宿る“肺”であって、皮膚の健康状態も常在菌と呼ばれる細菌のバランスが重要とされており、ここでも“魄”と常在菌の関わりが存在しているように思えます。

  尚、精神安定作用のある麝香の効能としておなかの痛みや痞えのほか、冷たいものを食べすぎておなかの調子が悪くなった時にも有効であると本草綱目には記されているほか、鎮静作用のあるサフランに大腸の炎症を抑えて大腸癌の発生を抑制する作用のあることが知られています。精神を安定させるのも胃腸機能を整えるのも“気”の流れを安定させることですので、これらの生薬が脳と胃腸に同時に効果をあらわしても不思議ではないのですが、そう考えていくと脳腸相関とは、生命体は“気”の集合体であるとする生気論のひとつの側面であるともいえます。あえて付け加えれば、生命体とは共生関係にある常在菌をも含めて構成されているということです。

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