漢方処方解説(13)~六君子湯(りっくんしとう)
最近、マスコミでも良く取りあげられる処方ですが、漢方では脾気虚=胃腸機能低下を改善する処方として有名な処方です(出典に関しては、万病回春や医学正伝、校注婦人良方などとなっていますが、いずれにせよ明の時代のようです)。胃のレントゲン検査や内視鏡検査は、胃の器質的な異常をみるものですが、そういった検査で異常が無くても、胃腸の不調をうったえる機能性胃腸障害に使われる代表的な処方です。
専門的には、「四君子湯(人参、白朮、伏苓、甘草)」に「二陳(陳皮、半夏)」を加えて、六君子湯となるわけですが、胃腸機能低下によって胃腸の水分代謝機能の低下から痰(不要な水分が固まったようなもの)を生じ、その痰が更に胃腸の機能を阻害している病態に対して、胃腸の機能回復(四君子湯)作用と痰を除く作用(二陳)を併せ持った処方構成と考えられます。
日本に於いて認められた適応症は「胃炎、胃アトニー、胃下垂、消化不良、食欲不振、胃痛、嘔吐」などとなっていますが、あくまで「胃腸の弱いもので、食欲がなく、みぞおちがつかえ、疲れやすく、貧血性で手足が冷えやすい」方という注釈付きで、胃炎や食欲不振であれば誰がのんでも効くかといえば、そうではありません。
日本では漢方の言葉で適応症を書くことが許されていませんので、上記のような書き方にならざるを得ないのですが、この日本語を漢方的に“翻訳”しますと、以下のようになります。
・「胃腸の弱いもの」・・・中医学では脾気虚または脾胃気虚といいますが、判断基準は極めてシンプルで「食欲がない(3食、お腹がすいたという空腹感があるかということで、1日3食、食べることができるというだけでは食欲があるとは言いません)」、「食後膨満感(食後に眠くなると言うのも含まれます」「軟便傾向である(現代人の圧倒的に繊維質が不足した食事では多少、割り引いて考える必要がありますが)」の3つのうち、2つ以上当てはまれば、脾気虚、すなわち胃腸が弱いと考えます
・「食欲がなく」・・・繰り返しになりますが、3食、健康的な空腹感があることを「食欲がある」というのであって、食べる気がしないのは勿論、3食食べていても空腹感をあまり感じないけれど食べてはいるというのは、食欲があるとは言いません。ただし、特殊な例として食欲旺盛で、食べても太らないというのは胃強脾弱といって、食べものを入れる胃という器は強靱でも、消化吸収能力がない(脾虚)というケースもあり、これはこれで脾気虚=胃腸機能低下に分類されます(アトピー性皮膚炎の方などでよくみられるケースで、唇の乾燥や指先の逆むけなどを伴いやすく、六君子湯よりは参苓白朮散という処方の適応にることが多いです)。
・「みぞおちがつかえ」・・・食べものを食べると、口から食道を通って胃、十二指腸、小腸、大腸から肛門までスムーズに流れていくのは胃腸機能が正常に働いているがゆえで、胃腸機能低下の一つの表れとして、この流れが滞っている状態を指しています。専門的には、昇降失調といって、食べものがスムーズに下に降りていかないだけでなく、食べものから吸収された栄養物(こちらは胃腸から上部にある「肺」に押し上げられてから全身に巡ることになっています)の上昇にも支障をきたしている状態と捉えられます。
・「疲れやすく」・・・“気虚の本態は脾気虚”とされ、胃腸は食べものから“気”を取り込む窓口であり、胃腸機能低下は“気”のエネルギー低下(気力低下)の大きな要因となります。胃腸(五臓六腑では“脾”)が弱いと、いくら栄養のあるものを食べても元気にならないとされており、胃腸の弱い人は即ち、“脾弱(ひよわ)”な人ということです。
・「貧血症で」・・・漢方の考え方で“血”は、基本的に食べものが胃腸で消化吸収されて生じるとされていますので、貧血(漢方では“血虚”)の原因としては、食べものを食べていないのか、どこかから出血しているのか、あるいは食べていても胃腸が機能していないのかになります。よって、胃腸の機能低下は貧血の大きな要因となります。
・「手足が冷えやすい」・・・胃腸機能低下で“気”も“血”も不足がちになれば、一般的には冷え症になります。ただし、胃腸機能低下でも、気陰両虚証など物質的な不足が強く表れる場合では、自覚的に手のひらや足の裏が温かく感じられることもあり得ます。
“翻訳”は、だいたい以上のようになりますが、あくまで胃腸機能低下についての部分しかなく、六君子湯が本来持っている痰湿を除く作用については触れられていません。具体的には、痰が多いとか、痰のからむ咳がよく出るとか、あるいは不安神経症気味であるとか、むくみやすいといった症状です。
胃腸は栄養物の消化吸収と共に、水分代謝にも大きく関与しているため、胃腸の機能低下はむくみなどの原因となるばかりか、長期化すると水垢のような痰湿とよばれるものが発生し、この水垢が余計に胃腸の機能低下の原因となって、上記のような症状が発生しやすくなります。特に、湿度の高い状態ではこういった痰湿による症状が顕在化しやすく、梅雨時になると体調が悪くなるとか、神経痛などの痛みが強くなる、あるいは午前中にからだがだるいといった症状は直接的には痰湿の影響といえますが、原因は胃腸機能低下であることが多いです。
また、日本のような年間を通じて湿度の高いところは、胃腸機能が低下しやすいとされ、湿度が高い→胃腸機能低下→痰湿の発生→胃腸機能低下という悪循環に陥りやすいと言えます。
六君子湯は、この痰湿を除く作用もあることから、日本人向きの処方といえます。ただし、現代日本人の場合は、胃腸機能の原因として食生活そのものが原因となっているケースが圧倒的で、六君子湯を服用すると同時に食生活の改善をこころがけないと、胃腸症状の改善などの効果を実感しにくいと思われます。