玄米工房あすかさんの前菜

As_4
 (大阪市北区の玄米工房あすかさんのメニューより)

 このお店はマクロビオティック、オーガニック、正食を基本コンセプトにした自然食レストランです。

 さて、この写真を見てどれだけの人が美味しそうと思うのかわかりませんが、素朴な味付けですがどれもがおいしいです。

 世間ではこのところ食品の様々な問題が取りあげられていますが、野菜に限っても農薬や化学肥料の問題、輸入野菜のポストハーベストなどの問題、あるいは無農薬にするために工場のようなところで栄養剤を混ぜた水と人工の光線を使った水耕栽培など、など・・・

 また、外食産業向けに大きさが整って扱いやすい事が最優先にされ、スーパーで売られるものも味よりは見た目が優先されます。更に、野菜の「価値」として語られるのはビタミンであったり食物繊維であったりと、栄養分析が中心になっています。

 いずれにせよ、話題になるのは化学物質である農薬や肥料、栄養素やカロリーという物質面ばかりです。

 しかし、そもそも野菜というか食べ物とはなんぞやと考えた場合、それはビタミンや栄養素の足し算であるはずもなく、人間が生きていく上で必要な「気」や「血」、「水」の供給源であるわけです。

 「血」とは栄養物質のことですし「水」とは身体に必要な水分ですので、野菜の栄養的な評価も無視は出来ないとは思いますが、どう考えても現代の野菜に「気」が含まれているとは思えません。

 野菜というか植物も一つの生命体である以上、「気」=生命エネルギーを持っているわけですが、痩せた土地に化学肥料をまいて作ったり、水耕栽培や人工光源で見た目重視で育てられた野菜に、いくら見た目がきれいでも、十分な「気」が含まれているとは思えません。

 食べ物に含まれる「気」などと言うと怪しげな話しに聞こえるかも知れませんが、食べ物を仏壇に供えるのも物質としての食べ物ではなく、食べ物の「気」をお供えしているわけですし、薬膳的にも野菜の新芽の部分にはこれから成長していこうとする「気」が豊富に含まれているといった捉え方をします。また、「気」が豊富に含まれているものは「おいしい」というのが人間の自然な感覚でもあり、そういう意味では見た目がいくら綺麗でも、日本で流通している「普通の」野菜はおいしくありません。

 
 更に、食べ物に「気」が含まれていないことは、美味しいとかまずいという話しで済みません。現代日本人の様々な病気を漢方的に見た場合、「気虚」とよばれる「気」の不足状態にある人が圧倒的に増えてきていますが、物質面だけを重視する栄養学では計ることの出来ない「気」というものが食べ物から失われていることが要因の一つであるような気がします。

関連記事

  1. 玄界灘の活けサバと活けアジ

  2. 長芋・穴子の白煮

  3. 京料理の先付

  4. 鰆と椎茸の挟み焼き

  5. 吸物〜栗万頭、海老真丈射込み

  6. ガーリックピリヤニ