セカンドブレイン=第2の脳とは、副題にあるように「腸にも脳がある!」ということを指していますが、本書は米国のコロンビア大学医学部解剖・細胞生物学学科長でもある著者のマイケル・D・ガーションが1999年に発表した同名の書の専門的すぎる部分をカットした翻訳版です。
腸にも脳があると言われてもピンと来ない方もおられるかも知れませんが、腸には膨大な神経と神経伝達物質が存在しており、本書の序文には「現在われわれは腸に脳があることを知っている。とても信じられないことかもしれないが、あの醜い腸は心臓よりもずっと賢く、豊かな「感情」をもっているのである。脳や脊髄からの指令がなくても反射を起こせる内在性神経系をもっている臓器は腸だけなのだ。」とのことです。
更に内科を受診する患者の40%が胃腸障害を主訴とし、その半数が機能障害を訴えているにもかかわらず、解剖学的にも、化学的にも異常が見つからないという例を挙げ、「脳が腸の働きに影響を与えることがあるのも事実だが、腸は脳からの干渉をまったく受けずにやっていけることもまた真実なのである。小腸にある1億個ほどの神経細胞と脳をつなぐ神経は、2千個しかない。小腸の1億個近い神経細胞たちは、脳との連絡をすべて断ち切られても、問題なくやっていけるのである。 このように腸神経系は独立独歩に機能できるのだから、腸の脳が神経症にかかることだってあり得る。」とも指摘しています。
神経症の絡みでは、うつ病の治療に医療用医薬品として使われている選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)に関しても、体内のセロトニンの95%は腸で作られることや、セロトニンの様々な受容体が腸管に存在することなども解説されています。
ところで、本書の内容を漢方の立場から見ると、なるほどと思うことが多いのですが、ひとつは五臓六腑の関連で言うと、人間の精神神経機能をコントロールしているのは「君主之官」とも言われる「心」臓で、「心」臓と表裏の関係にある腑が「小腸」であるという事が、本書でいう脳とセカンドブレインである腸の関係と符合するような気がします(因みに、五臓六腑の中では、「心」と「小腸」だけは、まずガンになりません)。
更に、漢方では精神的なストレスを7つに分類し、五臓との関連からいうと「思鬱傷脾(しうつしょうひ)」といって、思鬱=「いまさらどうしようもないことをあれやこれや思い悩む」というストレスは、直接的に「脾」の働き=胃腸の機能を阻害するという理論がありますが、本書を読むと、「腸が不快に思うようなこと」は腸の機能低下の原因になりうるということであり、頭で感じる精神的なストレス以外にも腸が不快に感じる事が胃腸の機能低下の原因になるということになります。では、腸が不快に感じることとは何かと考えると、漢方で言う「飲食不節」=食事の不摂生がまず考えられます。
人体に有害なものが腸管にはいると、腸管のセンサーはこれを察知して、有害物質を早く排泄しようとして下痢を起こすとともに上部の消化管に嘔吐するように指令を出しますが、これほど極端でなくても、昔から漢方で飲食の不摂生に挙げられている事〜毎日、食事の時間がバラバラであるとか、冷たいものの摂りすぎなど〜が、セカンドブレインである腸にはストレスとなって機能障害をおこすということは十分にあり得ます。
考えてみれば、どういった食品をいつ、どれだけ食べるかというのはセカンドブレインである腸が決めることではないので、腸にとっては「いまさらどうしようもない事」に違いはありません。
(マイケル・D・ガーション著、古川奈々子訳、「セカンドブレイン 腸にも脳がある!」、2000年3月発行、小学館)