わかりやすい漢方講座(50)〜「よくかんで食べる」メリット
漢方では人間が病気になる原因として外因〜環境因子、内因〜精神的なストレスとともに不内外因といって、飲食の不摂生や過労などを挙げています。不内外因の中でもとりわけ重要なのが飲食の不摂生ということですが、今回は「よくかんで食べる」ことの重要性について考えてみたいと思います。
戦後、日本人の食事の欧米化が進むとともにのどごしの良い柔らかい食べ物が主流になり、よく噛まなくなったことで日本人のあごの骨が細くなったり、歯並びにまで悪影響がでてきていると言われます。栄養素ばかりを重要視する現代栄養学の観点からは、あまり噛まなくても栄養が足りていれば良いではないかと思われがちですが、実は良く噛むことは想像以上に重要なことです。
まず、良く噛むことで脳に刺激が伝わり脳を活性化するとも言われているほか、統計学的には噛む力(第一大臼歯の咬合力)が強いほど視力が良いという結果も出ています(よく噛むことで咬筋が鍛えられ、これが間接的に目の水晶体の厚さを調節する毛様体筋を鍛えているのではないかと言われています)。
以上は物理的な側面からのよく噛む事の重要性ですが、次に化学的な側面から見てみましょう。まず、口の中で食べ物を良く噛むことで、食物が粉々にされるとともに表面積が増大し、同時に唾液も多く分泌されることから唾液中に含まれる消化酵素が良く働いて、食べ物の消化が進みます。この段階で消化が進むと、胃腸に負担をかけずにすみます。
また、よく噛むことで耳下腺からパロチンというホルモン(唾液腺ホルモン)がより多く分泌されますが、このパロチンは別名若返りのホルモンと言われており、歯や骨、筋肉などの生育を助けるとともに老化予防効果があるといわれています。また、パロチンは医療用医薬品としても使われており、効能としては初期老人性白内障と指掌角皮症が認められています。このことは、漢方で昔から「脾陰虚」という消化吸収機能の低下状態の診断基準の中に、唾液の分泌量の低下や指先の皮膚が荒れやすくなるといった項目が挙げられていることと符合します。
更に、唾液には母乳(特に初乳)に多く含まれているラクトフェリンというタンパク質が微量ながら含まれています。ラクトフェリンは免疫調整機能、鉄欠乏性貧血の改善効果、整腸作用のほか胃潰瘍の原因のひとつであるピロリ菌に対しても有効なほか、歯周病改善効果や体脂肪減少効果なども最近になって発見されています(ラクトフェリンは熱に弱いので加熱殺菌されている市販の牛乳には含まれていません)。
更に更に、唾液中にはリゾチームという抗菌作用のある酵素が含まれていますが、それよりも近年話題になっているのは、唾液に含まれるペルオキシダーゼという酵素で、この酵素は強力な抗酸化作用があって食品中の発ガン物質の発ガン性を抑制する事が明らかになっています。
人間の持つ消化吸収力というのは漢方では五臓六腑の「脾」の働きとされ、「脾は後天の本」とも言われますが、食べ物を消化吸収すると言うことは、言うまでもなく人間が生きていく上で欠かせない行為です。胃や腸での消化は、ストレスによって調子が悪くなることはあっても自分の意志ではどうにもなりません。しかしながら、よく噛むことは、自分の意志でできる唯一の消化であり、その他にも体にとって有益な様々な効果が期待できますので、決しておろそかにすべきではないと思います。