本書は、第1部で戦後のアメリカの食料援助が小麦粉(パン食)、脱脂粉乳に始まる牛乳、栄養改善運動という名の油炒め料理などの普及活動として、日本人の食生活を一変させたという歴史的な流れについて解説すると共に、第2部では、明治から昭和の初めにかけて主に軍隊に於ける白米食の普及が脚気を蔓延させ、脚気による死者が戦死者を上回るほどであった事実などから、食生活が人間の健康に与える影響の重要性と、伝統的な食事を捨て去ったことがいかに日本人の健康に悪影響を与えているかという事が様々な角度から論じられています。
現代では、「伝統的な日本食」というものがいったいどのようなものであるかすらわからなくなってきており、そこに「食事はバランス良くとりましょう」と言われても、何をもって「バランスがよい」のかが全くわからなくなっています。また、輸入小麦に使われるポストハーベストや、ハムなどに使われる発色剤や食品添加物の問題が取りあげられることはあっても、そもそも日本人の健康を考える上で、パンやハムを食べる方がよいのかどうかという根本的な議論がなされることがないというのも問題であると著者は指摘しています。
本書によれば「戦後の栄養改善運動がこのヨーロッパの栄養学を手本にしている以上、日本人もパンと肉類、卵、牛乳、乳製品を食べろという栄養教育が行われるのである。全く風土とその土地の産物の違いを無視して機械的にヨーロッパの栄養学を日本に当てはめているだけであり、そこには日本人が長い間かけて築いてきた伝統的な食文化はすっかり忘れ去られている。戦後の栄養教育はこの違いを無視したところに特徴がある。それに対する反省がなければ正しい栄養学の普及はできないはずだ。厚生省、栄養学校、栄養学者は戦後一貫して、欧米流の間違った栄養指導を一生懸命おこない、日本の伝統的な食文化を破壊し、日本人の健康をおかしくしてしまった。良かれと思ってやってきたことが実はとんでもないことだったということに気づかない限り栄養学の改善はない。」と手厳しいものの、的を得た意見だと思います。
漢方の考え方にかぎらず、最近では西洋医学でさえ新薬の薬効や代謝に人種間で差異があるということに注目が集まっており、個人個人の遺伝子の違いに配慮したオーダーメード医療などという極めて漢方的な発想もでてきている訳で、食事の人体に与える影響に人種間で差異があるのは当然だと思いますし、では何をもって「バランスの良い食事」かと考えれば、何世代にも渡って口にしてきた食べ物を、言葉を換えれば伝統的な食事をすることが、その人種にとっては最良であると考えられます。
よって、食事の問題は目の前にある食材の栄養素を分析することより、もっと根元的な部分に対する問いかけから始める必要があると言うことだと思います。
(鈴木猛夫「「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活」、藤原書店、2003年初版)